上條 里和子(かみじょう りなこ)
首都大学東京システムデザイン学部システムデザイン学科航空宇宙システム工学コース(現東京都立大学システムデザイン学部航空宇宙システム工学科)卒業。日本航空(株)、航空大学校を経て2014年4月(株)ソラシドエアに入社。2022年8月より同社初の女性機長として活躍中。
飛行機が好きなのか、パイロットになりたいのか。自分の気持ちを確かめるために航空の世界へ
小さなころから飛行機がお好きだったとのことですが、なぜ都立大を選ばれたのですか?
父がパイロットだったので当時コックピットを見せてもらうことができ、子どもながらにコックピットからの操縦席や外の景色に感動したことを覚えています。その感動から、ずっと飛行機やパイロットへの憧れがありましたね。
その憧れを行動に移したのが大学進学の時でした。様々な学科を検討していましたが、やはり飛行機について深く学んでみたいと考え、コースとして再編されたばかりの首都大学東京航空宇宙システム工学コース(当時)を受験し、無事合格。航空の世界への一歩を踏み出すことになりました。
大学進学後はより飛行機や航空の世界が身近になったと思います。どのような大学生活を過ごされましたか?
大学生活は本当に濃厚な4年間で、どこを切り取っても毎日が航空三昧、航空漬けでした。大学進学時に、趣味として「飛行機が好きなのか」、職業として「パイロットになりたいのか」迷いがあり、自分がどちらなのかを知るためにも、自ら大学4年間を航空のことだけを考える時間として過ごすことを決めたのです。
私たちの代から1,2年生は南大沢キャンパス、3,4年生は日野キャンパスで学ぶようになり、1,2年生は視野を広げ様々なことを吸収する2年間、3,4年生は専門性を高め自分の将来と向き合う2年間になりました。南大沢キャンパスには様々な学部の学生がいて、交流することで視野も人脈も広がっていきましたし、日野キャンパスでは少人数制でしたので先生方も全員の顔と名前を覚えてくれているという距離の近さで、じっくりと丁寧に学びを深めることができる環境でした。大学における「航空宇宙システム工学コース」での学びは、航空の知識を身に付けるという私の希望を想像以上に叶えてくれました。
部活動は「鳥人間部T-MIT」とグライダーに乗れる「航空部」に所属し、授業以外の空いている時間はT-MITで人力飛行機のプロペラ機を作る日々、夏休みなど長期の休みには航空部でグライダーに乗る日々でした。実はグライダーに乗ることを勧めてくれたのは父でしたが、自ら選んだT-MITと航空部の活動、どちらも飛行機を知るために貴重な体験の場となり、失敗も成功も毎日が宝物でした。
迷われた結果、職業としてパイロットを選ばれましたが、きっかけは何だったのでしょう?
様々な理由があるのですが、思い起こせばT-MITの活動体験が大きかったです。サポートスタッフとして参加した鳥人間コンテストで、飛んでいく飛行機を下から見上げたとき、機体とパイロットが本当に輝いていて眩しく見えたのです。それはその機体が、私を含めたT-MITのみんなの気持ちを乗せていると感じたからだと思います。その時をきっかけにして、「みんなの思いや期待を一身に託されるパイロットになりたい」という気持ちが強まりました。自分はもちろん飛行機好きには変わりないけれど、ただ好きなだけなのではなく、職業としてパイロットになると決めた瞬間でした。
扉は叩かないと開かない。
大事なことはパイロットの夢へ情熱を持ち続けること
就職された後も、様々なご苦労があったそうですね。
憧れだった日本航空のパイロット訓練生になり、地上係員の仕事をしていた2010年1月、会社が破綻。会社から「もうパイロットの道はありません」と突然告げられました。青ざめる同期の横顔を見て現実なんだと理解して涙が溢れそうになりました。それでも泣くことは後からできる、今できることは何か必死に考えていました。その時、同期の一人がすぐさま航空大学校の入学希望書類をもらいに宮崎に飛んでくれて、希望者に提出書類を配ってくれたのです。願書締切3日前ギリギリに入学願書を提出することができました。年齢的にも受験できる最後のチャンスで、迷っている余裕もない状態でした。
その後、無事に航空大学校の入学試験は突破できたのですが、2011年3月11日東日本大震災に見舞われ、訓練は延期。半年間の地上待機を経て、2年半かけて卒業しました。
多くの困難や試練を乗り越えられたのは、どうしてでしょう?
「どうしてもパイロットになりたい」という気持ちを決して捨てなかったこと、そのために前に進み続けたからだと思います。扉は叩かないと開かないのです。
身体検査など一定の基準はありますが、パイロットになるのに文系か理系か、男性か女性か、といったことは全く関係ありません。パイロットになりたいという夢へ情熱を持ち続け、その夢に向かって努力することができれば、私のように遠回りしたとしても夢を現実のものにすることができる可能性が誰にでもあると思います。
さらに、夢に向かい一人で意固地になるのでなく、誰かに助けを求めることや周囲からの助言を受け入れて常に「ありがとう」という感謝の気持ちを持つこと、仲間と協力し合って一緒に問題を乗り越えられる力が大切だと感じています。私自身、同期や友人などの助けがあったからこそ今までの数ある関門を乗り越えることができたし、パイロットにもなることができたと思っています。
航空大学校卒業後は、ソラシドエアに入社、パイロットデビューされました。
ソラシドエアでは、副操縦士として訓練を積んだ後、2022年8月についに機長に昇格しました。8月17日が初フライトで羽田空港から熊本へ向かう便でした。
飛行機はみんなの夢と希望で飛んでいると私は思っています。パイロットをはじめ客室乗務員や整備士、会社の全スタッフの思いが込められて、最後に託され全責任を担うのが機長だと思います。副操縦士の時には3本だった肩章に添えられる一本がその証、機長の4本線ラインの重みに恥じぬよう、今後も常に成長していきたいですね。機長になったからゴール、現状維持ではなく、これからが新たなスタートだと思って、自信をもって役割を果たしたいと思います。将来的には、後輩たちを育てる役割も担っていきたいと考えています。現在は数名の女性副操縦士がいますが、彼女たちが機長になれるようバックアップできればと思います。
Message
今放送されているNHKの朝ドラをきっかけに航空関係に携わりたいと考える高校生や大学生もいると思います。
そんな学生の皆さんにメッセージをお願いいたします。
今、放送されているNHKの朝ドラ「舞いあがれ!」の主人公の経歴は、私の実体験と似ている部分も多く、ちょっと気恥しいですね。琵琶湖を人力飛行機で飛ぶシーンがドラマでも出てきましたが、鳥人間コンテストの時期にフライトで琵琶湖上空を飛ぶと、上からコンテストの舞台がよく見えます。T-MITの後輩たちはもちろん知らないと思いますが、はるか上空から後輩へエールを飛ばしています。
私が所属していた当時のT-MITはまだ優勝経験もなく、部員が少なくて廃部寸前までいきましたが、最近では優勝常連校となり、後輩たちが誇らしいです。
夢を持ち続けることは、時として辛く困難な道のりです。様々な壁があるかもしれませんが、それを乗り越え続ければ見たい景色が必ず広がっています。自分にとって後悔のないように夢へ向かってほしいと思っています。
卒業生の上條さんが在籍していたシステムデザイン学部航空宇宙システム工学科は、1・2年次が南大沢キャンパス、3・4年次が日野キャンパスで学びます。航空宇宙工学は「総合工学」であると話す小島教授に学びのプロセスや学科の魅力などをお聞きしました。
小島 広久教授 システムデザイン学部 航空宇宙システム工学科
東京大学大学院工学系研究科・航空宇宙工学専攻修了。博士(工学)。専門は航空宇宙制御工学。高精度着陸技術を小型探査機で実証するJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「SLIMプロジェクト」にも参画している。
Q. どのような学生が在籍していますか?
航空機への憧れや探究心が強く、航空分野・航空業界で働くことを目標とする学生や、ロケットや人工衛星の開発、宇宙利用、宇宙ゴミの問題などに関心があり、宇宙開発に貢献したいという明確な意思を持った学生が多いです。一方で、漠然とした興味で入学する学生もいますが、航空分野や宇宙分野を幅広く学びながら、少しずつ自分の興味を集中させていき、具体的な将来像を絞り込んでいきます。
Q. 学びのプロセスを教えてください。
航空宇宙分野は「総合工学」ですので、まずは多種多様な要素技術を学びます。要素技術とは、機械力学・熱力学・流体力学・材料力学の「四力(学)」をベースに、制御工学や電波工学をはじめ、航空宇宙分野に特化した応用分野を加えたもの。例えば、航空機やロケットの開発には、軽くて頑丈で高温にも耐える材料を見極めるために「材料力学」の知見が必須です。とりわけ航空機やロケットの開発となれば、大気圏でも宇宙空間でも推力を保てるよう、ジェットエンジンやロケットエンジン、イオンエンジンそれぞれの仕組みと特性を理解する必要があります。
Q. 学んだ内容を実践につなげる機会もありますか?
風洞装置や真空チャンバーなど、飛行物体周りの流体現象や宇宙真空環境と同等の条件をつくり出す実験設備が充実しています。学生は実験の計画づくりから実験データの解析、解析結果に基づく改良策の考察までのサイクルを経験することで、ものづくりの全体像を俯瞰する目が養われます。また、「飛行ロボットコンテスト」や「鳥人間コンテスト」、模擬人工衛星を開発する「CANSAT」などの課外活動に参加する学生も少なくありません。これらの経験をとおして、学生には開発を牽引するプロジェクトマネージャーとしての資質を磨いてほしいと考えています。
Q. 卒業後の進路について教えてください。
航空機やロケットの機体を製造する重工系のメーカーや、機体に搭載するセンサーなどのパーツメーカーのほか、人工衛星を使用した通信サービスの提供企業などに就職しています。もっとも、「総合工学」を学ぶからこそ、ものづくりに関してはあらゆる分野で活躍できます。「四力」を全てカバーした上で、計測・制御・解析に必要な専門知識に加え、それらに裏付けられた設計のスキルも習得できるからです。7割以上が大学院に進学しますが、学部卒でもエンジニアとして設計などに携わるケースもあります。
Q. 最後に受験生へのメッセージをお願いします。
学生の中には映画やドラマの影響で航空宇宙分野に興味を持ったケースもありますし、実はJAXAのような機関にも、『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』などに影響を受けた技術者や研究者は少なくありません。確かに開発の原点は空想や想像ですので、きっかけはどうであれ、夢を実現させようと努力することが大切でしょう。自分が開発に携わった技術や製品が空を飛び、宇宙に飛んでいくということは、自分の分身が大きく羽ばたいていくようなもの。とても感慨深い体験ができますので、ぜひそこをめざして勉強していってほしいと思います。
施設紹介
空気力学に関する実験装置。回流式大型低速風洞をはじめ、中型・小型の低速低乱風洞も設置されており、航空機が乱気流に突入した状況などを再現し、挙動を検証することができます。
マッハレベルの高速気流をつくり出すことで、揚力や抵抗の発生原理・理論を確認できるとともに、超音速機の翼やロケット先端形状などに応じた空気の流れと飛行特性などを検証できます。
大気圏外と同じ真空状態をつくり出せるのが真空チャンバー。イオンエンジンに電流を供給し、推力などの性能を測定できるほか、機体に搭載する各種装置が宇宙空間でも正常に機能するか否かを検証できます。
ジェットエンジンやロケットエンジンを実際に燃焼させて、燃え方や噴射されるガスによって生まれる推力を確かめることができます。
鳥人間部 T-MIT
T-MITは鳥人間コンテスト出場(人力プロペラ機部門)に向けて、人力プロペラ機※の全てを一から設計・製作する東京都立大学のチームです。1年に1度の鳥人間コンテストに向け、翼班やプロペラ班、駆動班、フレーム班、電装班、そしてパイロットのそれぞれのグループに分かれ日々製作・トレーニングに励んでいます。
※人力プロペラ機とは、パイロットが自転車のようにペダルをこいでプロペラを回し、その力で飛ぶ飛行機のこと
T-MIT
代表 星さん
鳥人間コンテスト成績
第44回(2022年) 人力プロペラ機部門3位 6,429.12 m
第43回(2021年) 人力プロペラ機部門1位 5,221.04 m
第39回(2016年) 人力プロペラ機タイムトライアル部門 2位 02分08秒60
システムデザイン学部 航空宇宙システム工学科 教授 小島 広久(こじま ひろひさ)