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2022.10.31
先生、これってなぜですか? Vol.4

なぜカプチーノの泡はすぐに消えないの?

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日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

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栗田 玲 教授
理学部 物理学科 栗田 玲 教授

東京大学工学部応用物理学科卒業後、同大学院理工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会海外特別研究員(エモリー大学)や東京大学生産技術研究所特任助教などを経て、2013年4月に首都大学東京理学部物理学科准教授。2020年4月より現職。専門はソフトマター、非平衡物理学。2019年3月には、「ソフトマターの非平衡ダイナミクス」で第13回日本物理学会若手奨励賞(領域12) を受賞した。

疑問:泡の膜やその内部では何が起きているのですか?

栗田先生
栗田先生
答え:膜が割れないように保とうとする力や外部の液体や小さな粒子を吸い込もうとする力がはたらいています。

Q. そもそも泡の研究は、広く行われているのでしょうか?

 私は物理学の立場から泡を研究していますが、物理学でイメージされやすいのは固体物理学や宇宙物理学だと思います。泡を積極的に研究する例はレアケースだと思いますし、私が泡を研究するきっかけになったのも、元はといえば、身近なテーマとして学生が興味を示したからです。ただ、泡に関する先行研究はゼロではなかったですし、物理学は日常に潜む様々な「不思議」を解明する点に醍醐味があります。そこで、類似した現象に関する論文を読んで共通点を探ったり、じっくりと泡を観察したりすることからスタート。仮説を立て、泡をつくるときの条件を変えながら実験を重ねて検証するというサイクルを繰り返してきました。
 一方で、洗剤や食品のメーカーをはじめ、企業の方とお話をすると、「泡をなくしたい」という声もあれば、「泡をつくりたい」という声も多く聞かれます。しかし、いずれも明確に原理がわかっていないため、経験則で製品開発を進めざるをえないのだといいます。私たちは当たり前のように日常生活で泡に接していますが、泡のメカニズムを正確に理解することができれば、今後の製品開発にも応用しやすくなると考えています。

実験・観察・検証の様子
溶液の濃度を変化させたり、着色したりしながら、実際に泡をつくって実験・観察・検証を行います。

Q. 私たちの身近にある泡についてはどんなことが解明されていますか?

 例えば、シャボン玉の泡は割れにくいですよね。この割れにくい理由なのですが、「表面張力の低下が原因で割れる」と誤解している方が多い。シャボン玉には洗剤の成分が含まれていて、その界面活性剤としての性質によって確かに表面張力は低下します。しかし、この効果は大きくありません。つくりたてのシャボン玉は、膜の厚みが1マイクロメートル程度で、割れる頃には100ナノメートル程度の薄さになります。ただし、風などの影響を受けて球体の膜の一部が急激に薄く引き延ばされても、界面活性剤の濃度が一時的に薄くなるので表面張力が高くなり、引き伸ばされた膜を元通りに戻そうする力(マランゴニ効果)がはたらいて、割れにくくなるのです。では、なぜ割れるかといえば、空気中を漂う間に重力によってゆっくりと水分が下方に移動します。ゆっくりの変化の時は、膜の界面活性剤濃度が均一のままで、上部の膜が薄くなることができるからです。
 また、より身近な泡といえば、食器用や浴槽用の洗剤でしょうか。これらは、いずれも洗剤の成分自体が油を溶かしたり、汚れを引き剥がしたりするわけではありません。一つの泡を満員電車に例えれば、乗客と同じ立場にあるのが泡の内部の気体。窮屈な状況から脱するために、少しでも広いスペースを欲します。油汚れでもいいので泡の中に入ってもらい、泡のスペースを広げたいのです。そうやって油などが泡に吸われることで、洗浄が進みます。その際、洗剤はよく泡立てて、小さな泡を大量につくることが大切。食器用洗剤では泡立ちが重視され、洗顔フォームやシャンプーなども「きめ細かい泡」になるように開発されているのはこのためです。
 他にも、例えばスプレー式の洗剤を使う際に、とにかく汚れを落とそうと大量に洗剤を吹きつけるあまり、洗剤の重みによって泡の中の液体が流れてしまっては逆効果。泡が泡として保たれることで、本来の目的である洗浄が果たされるからです。なお、強烈に泡が噴射されるジェットバスで、浴槽内に泡が残っているとしたら、それは泡がタンパク質などの汚れを吸い込んでいる証拠。すぐに泡が消える浴槽の方が清潔だといえます。泡は汚れ具合の目安にもなるのです。また、空気中で泡が割れると広範囲に液体が飛び散ります。それは泡が弾ける際のエネルギー量が大きいことを表しており、小さい泡ほど大きな運動エネルギーが解放されます。これを医療分野に応用するための研究もありますし、近年は「マイクロバブル」や「ウルトラファインバブル」といった極めて小さい泡を発生させるシャワーヘッドも人気です。これは、泡が弾ける際のエネルギーによって汚れを落とそうとするものです。

Q. 泡は内部に何かしら含んでいるから泡として成り立つのですね。

 そうですね。泡は汚れを含めて粒子を包み込みます。カプチーノの泡がすぐには消えないのも、コーヒー豆に由来する成分が微粒子となって入り込んでいるからです。洗剤の泡に油が吸い込まれるのと同じです。また、コーヒーの場合、泡と泡の間に微粒子が詰まることもわかっています。一般的には泡自体の重みで水分が流れ落ち、膜が薄くなって泡は割れますが、この泡と泡の間にある微粒子によって水分が流れにくくなり、泡が保たれるのです。飲み終わってコーヒーカップを放置しておくと、側面や底面が茶色になると思いますが、それこそが泡の内部や泡と泡の間にあったコーヒー豆の微粒子です。時間の経過とともに泡の水分が蒸発して、微粒子だけが残るのです。
 また、ビールの泡がすぐには消えないのも、麦芽などのタンパク質成分の作用によって泡を安定させているからです。同じお酒でもシャンパンの泡がすぐに消えるのは、泡の表面に付着するタンパク質の成分が少ないからだと考えられます。酒類メーカーは泡にもこだわる傾向があり、ある特定の銘柄のように自社のビールを泡立てたいと相談を受けるケースもあります。
 一方で、「泡をなくしたい」というニーズも少なくありません。身近なところでは、パスタや素麺などを茹でると吹きこぼれが起きますが、それは小麦粉に含まれるグルテンというタンパク質が泡を安定化させ、つぶれることなく溢れてしまう現象です。
 また、ヨーグルトなどの発酵食品は、発酵が進む過程で泡が発生します。しかし、容器内で表面が泡で覆われてしまうと、空気が遮断されて発酵を促す細菌が死滅してしまいます。最終的には人の口に入るものですので、できれば泡をなくすための「脱泡剤」は使いたくないのがメーカー側の本音。そこで、薬品ではなく物理的なアプローチによる「脱泡」方法が模索されています。

Q. 泡の研究は、学術的にはどのようなカテゴリーに分類されますか?

 泡は、ゼリーやゴムなど、柔らかい性質を持つ物質の構造や機能を研究する「ソフトマター」という分野に含まれます。日本国内ではまだまだメジャーな研究テーマとはいえませんが、例えばテレビに使われる液晶をはじめとして、既に幅広い分野で実用化されています。ただし、理論的な説明が追い付いていないソフトマターも多いのに、研究室自体も少ないのが実情です。だからこそ、研究する価値があり、将来に向けた可能性も広がりますし、このテーマにチャレンジできる都立大の研究環境にも感謝しています。
 もちろん学生にとってもメリットは少なくありません。いわゆる化学系のメーカーは、かつては化学系や工学系の専門知識を持った学生を多く採用する傾向がありましたが、近年では物理学を学んだ人材も積極的に登用し、根本的・原理的な理解に基づいた製品開発を進める企業が増えています。つまり、物理学を学んだ学生の将来に向けた選択肢が広がるということです。世界的に環境対策が進められる中で、泡による洗浄機能を応用させようとする動きもあり、泡がビッグビジネスに発展する可能性もあります。単純に考えても、廃水に気泡を打ち込めば、その泡が汚れを吸い込むことで、浄水効果が得られるのです。

泡の拡大図
無色の部分が泡であり、その厚み(高さ)は約1mm。コーヒーに例えると、青く着色された部分にコーヒー豆の微粒子が詰まることで、泡を保持する働きが生まれます。

栗田先生ご自身のことについて

Q. 先生はどのようなモチベーションで研究されているのですか?

 学生の頃、コンタクトレンズなどで使用されるゲル状の素材を研究する教員の姿を見て、私も世の中に役立つものを研究し、開発したいと考えました。ただ、研究を進めていくと、なんとなくメカニズムがわかっているつもりでも、実はしっかりと理解できていないことが多いことに気付きました。そこで、経験則でやり過ごしてしまうような身近な現象の原理を解明していきたいと考えました。世の中には、原理がわかっていなくても、製品として販売され、評価されているものもありますが、「ちゃんとわかりたい」という欲求が私を突き動かしました。言うなれば、一流のシェフが経験や感覚を頼りに絶品料理をつくりあげるのとは対照的に、一般人でも理解できて実践できる理論的なレシピを作りたいという意欲です。そうした自分の研究が直接的には社会に役立つ成果を生み出せなくても、得られた知見がベースとなって、別の研究者が応用研究や社会実装につなげてくれればと思っています。
 例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病の研究では、細胞内で発生する「相分離」という現象が着目されています。極めてシンプルに言えば、水と油が分離することも相分離で、私が長らく物理学の立場から研究してきたテーマでもあります。この相分離が細胞内で起きていて、要因として考えられるのがタンパク質の異常凝集です。そこで、凝集を溶かすための薬学的なアプローチが進められている一方で、凝集する物理的なメカニズムを解明することで、凝集を未然に防ぐための研究が進められればと思っています。今後さらに、物理学と生物学、医学などを横断的につなげ、補完し合いながら研究を深めていきたいですね。

Q. 最後に、学生や受験生に向けてメッセージをお願いします。

 物理学は理論系と実験系に大別されます。知識を蓄えて、現象を数式で理論的に表せるスキルも大切ですが、私が何よりも「楽しい」と思えるのは、実験や観察を経て、感覚的にでも「不思議」な現象のメカニズムがわかったときです。これから本格的に物理学を勉強したいと考えている方には、どうか「なぜ?」を解き明かそうとする気持ちを大切にしてほしいと思います。「たぶんこうだろう」で終わらせることなく、とことん考えることが大切ですね。

授業の様子
日常生活でも、料理や洗い物、入浴時など、様々な場面で様々な泡が発生しています。そうしたメカニズムを専門的に研究し、解明していけることが物理学の醍醐味です。

総合HP教員紹介ページ/
理学部 物理学科 栗田 玲 教授(くりた れい)

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