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2022.05.31
先生、これってなぜですか? Vol.3

日本人はどうして英語が苦手なの?

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日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

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人文社会学部 人間社会学科 日本語教育学教室 神田 明延 教授

1989年創価大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学(文学修士)。これまでに文部科学省スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)運営指導委員や、文科省認定実用英語技能検定2級~3級2次試験面接委員、NPO法人日本e-Learning学会理事、外国語教育メディア学会理事などを歴任。専門は英語教育、教育工学、CALL等のICTを活用した外国語教育。著書に『チャンクで速読トレーニング 英語脳を鍛える!』(国際語学社)などがある。

疑問:日本人が英語力を高めるために大切なことは何ですか?

神田先生
神田先生
答え:何を目的に英語を勉強するのか、英語力で何を実現させたいのか、目的意識を持つことが大切です。

Q. 日本人の英語力向上を阻む要因はどこにあるのでしょうか?

 言語に対する考え方や、旧態依然とした英語学習に要因があると思います。中学校や高校などの教育現場では、ネイティブ教員による会話重視の授業が増えていますが、多くの日本人にとって英語は「受験に必要だから勉強する教科の一つ」という意識が強いと思います。しかし、それでは海外における実践的な英語コミュニケーションには必ずしも役立たないのです。
 そもそも日本人は、英語に限らず、日本語でさえ運用能力に長けているとは言い難く、言葉を使ったコミュニケーション自体が不得意だと考えられます。島国の日本では、長らく日本語だけで社会におけるコミュニケーションが成立してきました。加えて日本には、“以心伝心”を美化する風土があり、暗黙の了解で事が進むことを良しとする場面も少なくありません。必ずしも言葉で伝えることを求めない民族性が醸成されているため、情報を整理して、論理的にわかりやすく物事や感情を伝える言語技術そのものが弱いのです。言語を使って理解し合おうという気風が育っておらず、外国語だからといって、それが必要だとは考えられないでしょう。それゆえ、いくら学校で単語や文法を覚えたとしても、コミュニケーションには活かされないのです。
 一方で欧米の多言語多民族社会では、言葉にしなければ相手に理解されないという意識が根付いています。多様な言語が混在する社会では、相手がどの言語を使うかわからず、必死になって言葉で伝えようとしても伝わらないことだってあります。とはいえ、言葉にしなければ何も伝わりませんので、まずは話してみるという意識が養われるのです。

Q. 「まずは話してみる」という姿勢が大切なのですね?

 まずは日本語のコミュニケーション能力を磨くこともひとつの方法です。言語の運用能力には相関関係や相乗効果がありますので、日本語力が向上すれば、英語力も向上していくものです。例えば、都立大の日本語クラスでは、日本語の50音も知らない外国人学生に対して、日本語教師を目指す日本人学生が1から日本語を教える練習をします。すると、文法や発音、語彙といった言語間の違いを認識できるとともに、日本語の振り返りにもなるのです。
 この言語間の距離を考えると、英語と日本語は遠いとされるため、確かに学習のハードルは高く、日本人にとって学びにくさがあるのは確かです。母音の数は日本語がアイウエオの5つだけですが、英語はもっと多いですし、文法とも関わりますが語順も違います。また、英語やドイツ語、フランス語には、語源が共通の似たような発音の単語もありますが、日本語にはありません。そう考えれば、日本語よりも言語の距離が近い言語から初めて、徐々に英語に近づいていくという方法もあるでしょう。私は現在、日本語・英語・中国語をそれぞれ連携して学ぶ方法について研究を進めていますが、極論すれば、最初から英語にこだわらなくてもいいのかもしれません。

英語を基準とした、多言語の発音の違い
英語を基準に縦軸を文法、横軸を発音とし、他言語との違いの程度を可視化したグラフ。多様な言語の中で、発音・文法ともに日本語が最も英語から距離が遠いことを示しています。【出典】エースネイティヴ発音・リスニング・スピーチ研修所

Q. とはいえ、好むと好まざるにかかわらず、やはりグローバル社会では英語力が必要ですよね?

 グローバル化の原動力でもある情報社会の到来には大きな意味があり、日本人にとってはチャンスだと思います。対面以外でも、コミュニケーションの機会は増えており、例えば、留学しなくてもメールやSNSなど、ICTの活用によって英語力を高められる環境は整っています。学生がネイティブスピーカーと1対1でつながって会話を行う英会話アプリなど、英語の学習環境もDX化が進んでいるのです。相手も日本語に触れたいケースがありますので、日本語を交えながら英語力を高めていくこともできるでしょう。日本語をわかりやすく教える工夫を考えることで、言語技術自体も磨かれていくのです。英語の話者は世界中にいますし、例えばSNSなどを通じて日本のアニメに興味があるネイティブスピーカーなど、趣味の合う人と対話してみるのもいいでしょう。オンラインを含めて手段は問いません。まずは英語でコミュニケーションを取ってみることが肝心なのです。会話に限らず、海外のECサイトなどを閲覧し、英語で書かれた説明文を読んで理解した後に注文ボタンを押すことも、英語に触れるひとつの機会であることには違いありません。
 つまり、学校だけでしか英語に触れないことに問題があるのです。また、中学校や高校で入試対策の英語教育に追われてしまう実情は理解していますが、定期試験だけで評価するのではなく、英語での交流を促進する取り組みに期待しています。受験勉強の理想は満点を取ることであって、少しでも高い得点が良しとされます。すると、間違えることは恥ずかしいことという意識も芽生えてしまいます。それも実践的な英語力の向上を阻む要因です。ただし、英語はあくまでもコミュニケーションツールです。ネイティブスピーカーだって完璧に話す人はいません。間違って構わないのです。

Q. ただ、どうしてもテストの点数は気になってしまいます。

 テストの点数だけではない目標がモチベーションになったって構いませんし、新たな目標を見つけられる点にも情報社会のメリットがあります。もちろん大学入試では幅広く勉強することが必要ですが、その先にある自分の目標に向かって、何をどう学べばいいのかを考えてみるといいでしょう。
 近年は「読む、書く、聞く、話す」という英語4技能がクローズアップされていますが、そういった試験だけに縛られることなく、もっと自由に、自分なりの目標に向かって英語力を磨いていってほしいのです。大切なのは、自分は何に興味があり、英語力を高めて何がしたいのかという自己分析です。「実践的な英語力」や「使える英語」といっても、何に使うか次第でさまざまです。「学生時代に留学して専門的に勉強したい分野がある」「卒業後は航空業界に就職したい」「趣味で海外の映画を字幕なしで楽しみたい」「興味のある研究に活かすため、海外の文献を読んで理解できればいい」など、一人ひとりが狭く絞って“攻めて”いけばいいと思うのです。例えば語彙にしても、将来に向けて英語力を高める目的が明確なら、その道の専門用語を中心に勉強していけばいいのです。そうやって英語を学ぶ目的をしっかりと自覚できれば、モチベーションがアップして勉強がはかどるはずです。

授業風景
都立大における外国語教育でもICTの活用は進んでいます。スマートフォン用の学習アプリなども増加しており、自宅学習や通学時間中など、状況に応じて使い分けることで語学力の向上が期待できます

神田先生ご自身のことについて

Q. 先生ご自身はどうやって英語力を高めてきたのですか?

 若い頃は好きな洋楽を聴いたり歌ったりすることで英語力を磨きました。聴くことでリスニング力が鍛えられ、その歌詞の意味を理解しようとすれば、単語や熟語の意味も覚えますし、読解力も高まります。ネイティブの発音を真似して歌えば、発音もきれいになっていきます。そうやって自分の趣味の一環として楽しみながら学びました。また、私は帰国子女ではありませんし、仕事以外での海外経験といったら短期留学くらいのものです。長くても2か月ほどでしたが、それでも活発に発言する欧米人の気質に触発されて、思ったことは積極的に言葉を口にするようにしています。

Q. 学生や受験生に向けて何かおすすめの勉強方法はありますか?

 日本のメディアが発信するニュースだけではなく、海外メディアのニュースに触れることをおすすめします。日本人の価値観で編集されたニュースだけを見聞きしても、そこには偏りがあるからです。それはつまり、グローバル社会における情報弱者になることと同じです。海外のメディアからでないと得られない情報もありますので、それを取り逃してしまってはいけないのです。
 その際、議論の分かれるところではありますが、最先端のAI技術を搭載する自動翻訳アプリなどは積極的に活用してもいいと思います。ただしAIには現状では限界もあり、完璧ではありませんので、使い方には注意が必要です。翻訳の精度を見定める眼力が重要なのです。例えば、省略の多い日常会話や、前提や文脈がわからないと意味が通じない文章、複雑な背景のある文化や思想、さらには言い間違いや詩の世界観などは、AIをもってしても正確な翻訳が期待できないケースがあります。過去にデータがないものはAIでは対応し切れないからです。ですから、“使いつつも頼り過ぎない”、そして“鵜呑みにしない”姿勢が求められます。また、同じくAI技術を駆使したいわゆるスマートスピーカーを話し相手に、英会話の練習をすることもできますので、まずは楽しみながら英語を話してみる機会を増やしていくことをおすすめします。

参考書籍
神田先生が執筆や編集などを担当した『チャンクで速読トレーニング 英語脳を鍛える!』(国際語学社)と『CALL導入と運用―より良い語学環境を目指して』(国際語学社)。チャンクとは、フレーズ(語句)としての「意味と音と文法のかたまり」のこと。CALLは、コンピュータを活用した外国語教育システムを表す“Computer Assisted Language Learning”の頭文字からきています。
スマートスピーカー
その日の天気やニュース、鉄道の運行状況、料理のレシピなどのチェックなど、日常生活でのふとした疑問を英語で投げかければ、英語で答えてくれるスマートスピーカー。日本語と英語の併用なども設定でき、自分のレベルに応じてちょっとしたリスニング、スピーキングの練習に活用できます。

総合HP教員紹介ページ/
人文社会学部人間社会学科日本語教育学教室 教授 神田 明延(かんだ あきのぶ)

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