数理ファイナンスで金融の未来を切り拓く「石谷ゼミ」
指導教員による少人数体制の下、学生が興味あるテーマについて専門性を高めていく「ゼミ・研究室」を紹介するシリーズ企画。第5回目は、理学部 石谷 謙介先生のゼミナールです。


理論と実践の両立で、
実社会で役立つ専門性を身に付けられるゼミです。

理学部 数理科学科 石谷 謙介 准教授
東京大学理学部数学科を卒業後、同大学院数理科学研究科博士課程修了、博士(数理科学)。博士号取得後、三菱UFJトラスト投資工学研究所で4年間研究員として実務経験を積む。2016年4月に首都大学東京(現・東京都立大学)理学部数理科学科准教授に着任、2020年より現職。専門は確率論・数理ファイナンス。バリア・オプションのリスク評価、効率的な乱数生成法、および、最適執行戦略の研究を進めている。実業界での経験を活かした実践的な指導で学生を金融業界やデータサイエンス分野の専門職へと導く。
Q.ゼミの特徴・指導方針は?
私のゼミでは、数理ファイナンスを中心に、確率論・数理統計学など幅広く学びます。数理ファイナンスは金融分野の諸問題を数学的手法で解決する学問で、極めて実用性の高い研究分野です。私は学生の皆さんに、理論と実践を両立させた専門性を身に付けてほしいと考えています。
ゼミの進め方としては、学生一人ひとりの特性を観察し、各学生の得意分野を活かした課題配分を行うことで、個々の強みを最大限に発揮できる環境を整えています。研究テーマは、バリア・オプション※1のリスク評価や乱数生成の効率化など、実際に金融機関で求められる課題を扱います。
4年次から博士前期課程にかけて、学生には研究の全てのプロセスを体験してもらいます。理論体系の構築から実装、論文作成まで一連の流れを学ぶことで、社会に出てからも通用する研究力と問題解決能力を養成します。また、就職活動にも理解を示し、学生のキャリア形成を全面的にサポートしています。
Q.ゼミで研究する学生に期待することは?
ゼミを通じて、私は学生たちに、数学的思考力と実践的な問題解決能力を身に付けてほしいと考えています。特に重視しているのは「手を動かす」姿勢です。語学学習などとは異なり、数学の学習においては、目で見て学ぶだけでは着実に理解を積み重ねることができず、理解が進んだり後退したりを何度も繰り返してしまいます。数学を学ぶときは、必ず紙に書いて計算し、自分の手で式変形などを行うことで、理解を着実に深めてゆくことができます。これは人間の高度な知的処理の特性に基づく学習法であり、学生には「手を動かす」習慣の重要性を口を酸っぱくして伝えています。
また、研究の全プロセスを体験することで、論理的思考と継続的な努力の大切さを学んでほしいと考えています。答えのない問題に取り組み、試行錯誤を重ねながら新しい理論を着実に構築していく過程で、学生たちは創造性と粘り強さを身に付けることができます。チームワークも重要な要素です。学生同士が得意分野を活かして協力し合い、お互いの弱点を補完しながら研究を進める経験は、社会に出てからも必ず役立ちます。
さらに、学んだ数学的知識が金融業界やデータサイエンス分野で実際に活用されていることを実感し、学問と社会の接点を理解してほしいと考えています。
Q.研究分野の魅力、将来性は?
数理ファイナンス・確率論の研究を体験することで、現実の不確実な現象の背後に潜む数学的な問題を抽出し、その問題解決のために必要となる数学的な手法を粘り強く磨き上げることで、美しさと実用性を兼ね備えた深い数学的な対象物を発掘する経験を積めると私は考えています。具体的には、これまでバリア・オプションのリスク評価、効率的な乱数生成手法や最適執行問題の研究に取り組み、これらの問題の背後に潜む数学的な構造を解き明かし、必要に応じて新たな数学的な手法を開発してきました。
現代社会では、AI・機械学習の発展により、数学的素養を持つ人材の需要が急速に高まっています。例えば金融業界では、リスク管理やデータ分析の専門職として、アクチュアリー※2やクオンツ※3といった高度な数理スキルを持つ人材が強く求められています。私のゼミの卒業生も、保険会社のアクチュアリー、証券会社のクオンツに従事したり、さらには大手メーカーの研究所でAI研究に従事するなど、幅広い分野で活躍しています。
数理ファイナンスは単なる「儲けるための学問」ではなく、金融システムの安定化に貢献する社会的意義の高い研究分野です。数理ファイナンスの研究成果を通じて金融リスクを正確に見積もることができるようになり、結果として社会全体の経済の安定化に寄与しています。
※3 クオンツ(Quant)・・・金融市場で数理モデルや統計を用いて投資戦略を立てる専門職。

金融分野に関わる問題に数学的な枠組みを与え、
その解法を提供することを目的に研究を行っています。
数理ファイナンス分野において、主に次の3つのテーマについて研究を行っています。1つ目は、「バリア・オプションのリスク評価」に関する研究です。バリア・オプション価格の感応度計算※4に焦点を当て、どのようなタイプのバリア・オプションでも統一的に感応度を計算できる手法の開発を目指しています。2つ目は、「最適執行問題」の研究です。機関投資家が大量の株式を売却する際、マーケットインパクトを考慮しながら最大利益を得る分割売却方法を数理モデルで分析しています。3つ目は、「金融リスク管理」の研究で、銀行の与信ポートフォリオのリスクを解析的に計算する数理分析手法を開発することで、例えば「100年に1回レベルの損失金額」を正確に見積もることが可能となります。これらの数理ファイナンス研究では、金融市場の不確実な要素をモデル化する必要があるため、測度論に基づく確率論を基盤とし、確率微分方程式などの確率解析的手法が重要な役割を果たします。

乱数生成の高速化で金融業界に貢献したい
理学研究科 数理科学専攻科 修士2年
五味 龍聖さん
山梨県立甲府第一高等学校出身

このゼミを選んだ理由は?
私は当初、暗号理論の研究室を志望していましたが、そのときの面談で「数学を使いたいのであれば確率論の方が就職に繋がりやすい」とアドバイスを受けました。確率論や統計学を用いることで、クオンツやアクチュアリーといった金融業界での専門職に就ける可能性があると知り、将来のキャリアを考えて石谷先生の研究室を選びました。実は高校卒業後に別の大学に入学し、物理を専攻していましたが、研究を進める中で私がやりたいことは「数学」だと気付いたのです。そこで数学を研究できる大学として都立大を選び、再受験で数理科学科に入学したのです。東京の大学を選んだ理由は就職を意識してのことと、実家が山梨なので帰省しやすい距離という理由もありました。
ゼミの雰囲気や指導内容について教えてください
協力して一つの論文を仕上げようという気持ちを共有しており、とても雰囲気が良いです。石谷先生は普段とても親しみやすく話しやすい方ですが、研究になると的確なアドバイスをくださり、メリハリがあります。特に印象的なのは「とにかく手を動かしてほしい」とよく言われることで、基本的に私たちが紙に手で式変形を書き出してから先生に提出し、添削してもらう形で進めています。先生は私たちだけでは思いつかない新しい視点をアドバイスしてくれるので、それが刺激になって足りなかった部分に気付かされます。
今取り組んでいる研究テーマは?
賀川さんと共同で乱数生成の高速化研究に取り組んでいます。この研究は数学と情報系の境界領域で、先行研究が少ない分野のため手探りの状況ですが、だからこそやりがいを感じています。役割分担として、私は主に新たな式変形を行う計算担当で、賀川さんは得られた結果を簡潔に整理しまとめる役割を担当しています。私は手を動かすのが好きなので、とにかくノートに式変形を書き出すことで、解決策が見つかる瞬間があります。一方、賀川さんは得られた結果を簡潔な記号を用いて整理するこだわりが強く、その点で助けられており上手く役割分担ができていると感じます。新しい証明が完成したときの達成感は格別で、論理が通ったときのクリエイティブな満足感が研究の魅力です。
研究で壁にぶつかったとき、どう乗り越えていますか?
先行研究がない分野なので、参考文献が少なく最初は本当に苦労しました。悩んだときは、とにかく手を動かして書き出すことを心掛けました。できることに全てトライしてみて、ダメだったらダメだったという結果を石谷先生に持って行き、そこでアドバイスをもらって次の筋道を見つけていく。頭の中で色々と考えるよりもまず手を動かすことで、ときには本当に解決策が降りてくるような瞬間があります。
ゼミで学んだことをどのように活かしていきたいですか?
卒業後はクオンツとして金融業界に就職することが決まっています。ゼミで培った数理ファイナンスの知識と理論構築の経験は、この分野で大いに活かせると感じています。特に、株や債券を利用したファンドの構築を目指しており、クオンツが行う定量分析で確率論や統計学の知識を直接活用できます。実社会では、大学院の研究で得られた研究成果を直接活用しつつ、新たなノウハウも修得・蓄積していく計画です。そして将来的には、学んだ知識を活かして自分でも投資や資産運用を行いたいと考えています。

データサイエンスで社会の新たな可能性を見つけたい
理学研究科 数理科学専攻 修士2年
賀川 敦也さん
群馬県立前橋高等学校出身

このゼミを選んだ理由は?
大学に入って数学の抽象度と厳密性に当初苦労しましたが、いろいろな分野の中で解析系の分野が一番面白く感じました。石谷先生のゼミでは、金融系の分野に直結する学びが多く、実社会とのつながりも感じられるのが魅力です。数学には抽象的な理論もありますが、実社会に近い分野が学べると思ってこのゼミを選びました。
大学数学の難しさと、それを乗り越えた経験について教えてください
高校数学と大学数学は本当に別物でした。高校までは具体的で計算もわかりやすかったのですが、大学では抽象度が増し、厳密性も要求されます。抽象度が上がるにつれ想像しづらくなり、最初はかなり手こずりました。研究に入ってからはさらに難しさが増し、今まで「何となくわかっていた」部分が実際には理解できていなかったことに気付かされました。研究では基礎的な性質やルールを完全に理解していないと、正しくない方向に進んでしまうからです。石谷先生からは「とにかく手を動かして」とよく言われ、見ているだけでなく実際に書いてみることの重要性を学びました。
今取り組んでいる研究テーマは?
五味くんと共同で乱数生成の効率化研究に取り組んでいます。効率的な乱数生成法に関して、既存の様々な具体的手法に共通する構造を抽象化して取り出すことで、今後、効率的な乱数生成手法を新たに開発する際に役立つ原理を探っています。最終的には本研究で得られた原理を用いて具体的な乱数生成法を実装し、エンジニアの人たちも使いやすい形で成果物をまとめることを目指しています。研究では答えがないものに取り組む難しさを何度も感じていますが、その都度新しい中継地点を見つけながら徐々に研究を進めて、最終的に求めていた研究成果が得られたときの達成感は格別です。
共同研究の魅力と、石谷先生の指導スタイルについて教えてください
五味くんと一緒に研究することで、自分だけでは思いつかないアプローチを学べるのが大きな魅力です。同じ計算でも違うルートがあることを発見できたり、自分の計算に思い込みがあっても、第三者の目で見てもらうことで間違いに気付けます。
石谷先生は普段は優しく親しみやすいのですが、数学になると真剣になり、的確な指導をしてくださいます。全部答えを教えるのではなく、私たちだけでは思いつかない材料やアドバイスをくれて、最終的には自分たちで計算して確かめる形で進めてくださるので、自然と実力が身に付きます。
ゼミで学んだことをどのように活かしていきたいですか?
卒業後はAIやデータ分析を用いたデジタルソリューション事業に携わる予定なので、ゼミで培った数理科学の知識と統計学のスキルは卒業後も大いに活かせると感じています。特に、システム開発やデータを扱う業務が多くなると予想されるため、ゼミで学んだ理論的な基盤が重要な土台になると考えています。これからもゼミで確率論や統計学の手法をしっかりと学び続け、実際に手を動かして計算する習慣を大切にしながら、データサイエンスを通じて社会に貢献できるような人材になれたらと思います。

※学生の所属・学年は取材時(2025年7月)のものです。
総合HP教員紹介ページ/
理学部 数理科学科 准教授 石谷 謙介(いしたに けんすけ)