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2025.08.29
先生、これってなぜですか? Vol.10

運動をすると頭が良くなるのはなぜ?

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日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

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西島 壮 准教授
人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域 西島 壮 准教授

筑波大学体育専門学群卒業後、同大学院人間総合科学研究科体育科学専攻博士課程修了。筑波大学大学院研究員や、財団法人国際科学振興財団専任研究員、スペイン・カハール研究所CSIC外国人若手研究員を経て2009年4月に助教として首都大学東京着任。2016年に大学教育センター/人間健康科学研究科准教授となり現在に至る。

疑問:運動が脳にどのように作用して学習効果が高まるのでしょうか。

西島 先生
西島 先生
答え:運動を継続することで海馬の神経細胞が増加し、学習効果を高められる土台ができるのです。

Q. 先生のご専門と、現在の研究内容に至った経緯を教えてください。

 専門はスポーツ神経科学や運動生理学です。私の大学時代は、「運動すると頭が良くなるのではないか」といった研究テーマが注目され始めたタイミング。脳の「海馬」という部分が記憶や学習の機能と強く関わっていたため、私は運動中に海馬が活性化するか明らかにすることを研究テーマに設定しました。大学院時代の研究では、ラットをトレッドミルで走らせている最中に、海馬の血流量が増えることを確認できました。脳には、活動が高まった部位に酸素や糖などのエネルギーを届ける必要性が生じると、自ずと血流量が増える仕組みがあるのですが、その働きが運動中に見られたのです。脳血流量の増加は神経活動が活性化したことの指標であり、人の脳を観察する「ファンクショナルMRI」もその仕組みを根拠としています。
 現在では、定期的に運動をさせているマウスでは、運動量に応じて筋肉が太くなり筋力が向上するような適応が海馬でも生じることが、多くの先行研究で明らかになっています。たとえば、海馬での適応として神経細胞が増加することで、学習能力が高まり、ストレスに強くなるということも報告されています。マウスを水槽で泳がせる「モリス水迷路」という実験では、水面の下に泳がずに済む避難台を1箇所設けておきます。マウスが複数回その水槽に入り、避難台を見つける経験を繰り返していくと、そこにたどり着けば泳がなくても良いのだと学習し、最初からこの避難台を目指すようになります。定期的に運動をさせたマウスは、この避難台をより早く見つけることができます。さらに定期的に運動をさせたマウスの海馬を観察すると、運動を行わせていない対照群と比較して海馬で神経細胞が増えていることも分かりました。コンピューターに例えると、搭載するCPUが高性能化するイメージです。

「モリス水迷路」の実験イメージ
「モリス水迷路」の実験イメージ。マウスは経験を重ねることで、短時間で目的地に到達できるようになる。
マウス海馬の若い神経細胞(茶色)を染色した写真
マウス海馬の若い神経細胞(茶色)を染色した写真。運動群では、新しく生まれた若い神経細胞が多い。

Q. 研究の先にある先生の目標やビジョンを教えてください。

 私の目標は、運動と脳に関する研究によって、体育やスポーツの価値を高めることです。スポーツというと競技スポーツが連想されがちですが、競技スポーツがスポーツの全てではありません。スポーツの本質は、「気晴らし」です。楽しみながら体を動かすことによって、つまり積極的に「遊び」で体を動かすことによっても、脳機能を高めることができると考えています。その上で、「文武両道」を当たり前にしていきたいですし、「文武不岐」という言葉も知ってもらいたいです。不岐とは分けることができないという意味です。「文武両道は茨の道。両立は困難」といった社会的な風潮や、当たり前とされている固定観念を覆し、「スポーツは勉強の邪魔にならない」、むしろ「スポーツを通して積極的に体を動かすことは、勉強のための土台を作る」と提言していくことが私のミッションだと考えています。
 ただ、その障がいになるのが、学校教育における体育でのネガティブな経験です。体育とスポーツは、多くの人にとってはイコールなため、体育が苦手で嫌いだとスポーツが嫌いになり、体を動かすことを避ける人生になりがちです。そこで、例えば私が担当するバドミントンの授業では、男女別やレベル別のチーム分けは一切せず、ランダムにペアを組んでもらいます。チーム分けの後、1つ目のゴールを勝利、2つ目のゴールを「幸せの最大化」とすることを指導します。あくまでもスポーツですので、1つ目のゴールとして勝利を目指すことは大前提ですが、技術や勝敗だけでの成績評価は一切しません。それよりも、2つ目のゴールの「幸せの最大化」を大事にすることを指導しています。自分だけでなく、ペアを組んだパートナーや対戦相手にとっても楽しい体験となり、その空間全体がハッピーになるような振る舞いを目指してもらうのです。これは「ダブルゴールコーチ」というコーチングの考え方に基づくもので、競技における勝利を目指しつつも、2つ目のゴールとして人生における勝者を目指す指導方法です。
 このように、体を動かすことに対するハードルを下げ、まずはとにかく楽しんでほしいのですが、脳への効果を第一に考えるとまず「継続すること」が大切になってきます。ただ、老若男女を問わず、多くの人は運動の習慣化に苦労します。というのも、認知症予防や健康増進、体力向上、ダイエットといった目的のための運動は、そもそも動機づけとして弱く、途中で続かなくなることが多いです。このような時、「運動を継続できない私はダメだ」と自己否定する必要はありません。また再開すればいいだけのことです。その際、「好きだから」「楽しいから」といったポジティブな動機が芽生えれば続けられますので、運動の楽しさを感じてもらいたいと願っています。もっと言えば、「大好きなスポーツ」を見つけること、あるいは「一緒にスポーツを楽しむ仲間」ができれば、体を動かすことを継続しやすくなると思います。
 子ども世代にも注目しています。ゲームを筆頭に、子どもたちは外遊びから家の中での遊びにシフトすることで、体を動かす子と動かさない子の二極化が進んでいます。また、運動不足どころか、ほとんど動かない「不活動」になると、将来的な生活習慣病や鬱病のリスクが高まります。その点、最近は週2、3回のゆる部活やレクリエーション部も注目されており、不活動を予防するための大事な役割を果たし得ると思います。運動部だからといって毎日激しく活動する必要はなく、楽しく体を動かしながら友人と交流するだけでも良しとする部活動があっても良いと考えています。

西島 壮 准教授

西島先生ご自身のことについて

Q. 先生が研究に打ち込む原動力を教えてください。

 子どもの頃、「スポーツで頑張っているなら勉強はできなくても良い」といった風潮が強かった中で、「西島くんはバドミントンを頑張っているのに勉強もできて良いね」と言われたことがあります。当時の自分は、「私の方が勉強をしたから、学校の成績にも反映されただけのことじゃないか」と考えましたし、「勉強をしないのに成績が良くなるわけがない」と強く思っていました。スポーツに熱中することが、学業成績が悪いことの言い訳に使われることに強烈な違和感を覚えました。だからこそ大学入学後に「運動すると頭が良くなるのではないか」という研究テーマに出会ったとき、それを科学的に証明したいと思ったのです。
 大学では、高校時代にお世話になった体育教員への憧れから、将来の選択肢として体育教員を考えていました。同時に高校まで部活動で取り組んできたバドミントンを大学でも継続。ただ、バドミントン部は全国でトップレベルの選手が集結していたため、この世界で一流になる難しさを痛感しました。一方で、体育やスポーツを科学的に研究することの楽しさとやりがいを感じたため、行き着くところまでとことん研究を深めようと博士号の取得を目指しました。
 現在私の研究室には、他大学の教育学部出身者や、体育系の学部出身者のほか、都立大理学部で化学や生命科学を学んだ学生、システムデザイン学部出身の学生など様々な分野の学生が所属しています。これまで進学してくれた学生に共通することは、「スポーツが好き」という熱い想いです。プレーするよりスポーツを見ることが好きな方でももちろん構いません。スポーツが大好きな学生、または脳に興味がある学生なら、どんなバックグラウンドでも大歓迎です。

バトミントンをしている様子

Q. 最後に運動習慣の定着に向けたアドバイスをお願いします。

 人々が健康を維持していくために、厚生労働省が「身体活動基準」を定め、近年は『健康づくりのための身体活動・運動ガイド』として発表しています。このガイドは、どの程度の強度の運動をどの程度の頻度で行うべきかという、身体活動の「量」の観点からまとめられています。筋肉や脂肪への効果を期待するのであれば問題ないのですが、脳への効果を考えるのなら、量にこだわることなく、脳への刺激として運動時にどのような情報を伴うのかが重要です。例えばウォーキングにしても、「あの目的地まで最短経路で向かうには?」と考えながら歩くのと、漠然と歩くのでは脳が処理する情報量が違ってきます。仲間と一緒に体を動かしながらコミュニケーションをとることも、脳を使うことにつながります。なにより、「楽しい」「悔しい」といった感情も、脳への重要な刺激です。是非、ご自身に合った、大好きなスポーツを見つけてみてください。

運動イラストイメージ

総合HP教員紹介ページ/
人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域 西島 壮 准教授(にしじま たけし)

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