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2025.07.25
先生、これってなぜですか? Vol.9

インターネットショッピングで「あなたへのおすすめ商品」が表示されるのはなぜ?

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日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

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高間 康史 教授
システムデザイン学部 情報科学科 高間 康史 教授

東京大学工学部電子工学科を卒業後、同大学院工学系研究科で電子情報工学を専攻し、工学の博士号を取得。東京工業大学(当時)、東京都立科学技術大学を経て、2005年より首都大学東京(当時)システムデザイン学部の准教授に就任。2014年4月より現職。専門はWebインテリジェンス、情報推薦(レコメンデーションシステム)。個人の好みだけでなく価値観にも着目した情報推薦の研究や、プライバシーに配慮したデータ生成の手法など、現代社会の課題解決に取り組んでいる。

疑問:インターネットショッピングで「あなたへのおすすめ商品」が表示されるのはなぜですか?

高間 先生
高間 先生
答え:膨大な情報がある現代社会では、自分に必要な情報を見つけるのが難しくなっています。
そこで生まれたのが情報推薦(レコメンデーション)システム。
このシステムは、あなたの過去の行動パターンや、似た関心を持つほかの人の選択結果を基に、 あなたが興味を惹かれそうな情報や商品を提案してくれます。
これにより、膨大な情報の中から自分に合った情報や商品を効率よく見つけられるのです。

Q. ECサイトでよく見かける「おすすめ商品」は、どうやって選ばれているのですか?

 私たちが日ごろから利用しているAmazonやNetflixなどのオンラインサービスでは、「あなたへのおすすめ」として、そのサービスで扱う商品が表示されているのをよく見かけます。これは「情報推薦」または「レコメンデーション」とよばれる技術によるものです。
 現代社会には、情報があふれています。かつては「情報のありか」を探すことが難しかった時代もありましたが、今では逆に「情報が多すぎて、本当に必要なものを見つけるのが難しい」という問題が生じています。膨大な情報の中から、自分にとって価値のある情報を見つけ出すのは容易ではありません。そこで登場したのが情報推薦システムです。これは、ユーザーの嗜好や行動パターンを分析し、その人に合った情報を提案してくれるしくみです。
 情報推薦の基本的な考え方は大きく2つあります。1つ目は「内容ベースフィルタリング」です。これは「ある人が気に入るものには共通する特徴がある」という考え方に基づいています。例えば、あなたがある小説を好きなら、同じ作家のほかの作品も好きかもしれません。カレーが大好きなら、ほかのスパイシーな料理も気に入るかもしれません。システムはあなたが過去に好んだアイテムの特徴を分析し、同様の特徴を持つ新しいアイテムを推薦します。
 2つ目は「協調フィルタリング」です。これは、簡単に言えば「口コミ」を計算機で再現したもの。例えば、あなたと趣味の合う友人がいて、その友人が「この映画が面白かった」と言えば、あなたもその映画に興味を持つでしょう。一方、趣味が合わない人のおすすめはあまり参考にしないかもしれません。協調フィルタリングは、あなたと似た嗜好を持つほかのユーザーの行動パターンを分析し、「あなたと似た嗜好を持つ人々が好んだアイテム」を推薦します。オンラインサービスでよく見かける「この商品を購入した人はこんな商品も購入しています」という機能が、まさにこの協調フィルタリングの一例です。

Q. 情報推薦の技術はいつごろから使われているのですか?

 研究としては1990年代半ばから始まっていましたが、一般の人々が情報推薦の技術の存在を身近に感じるようになったのは、インターネットショッピングが普及してからでしょう。実は、情報推薦の技術は検索エンジンの研究から派生したものなのです。
 インターネット初期のころは、自分が見たいWebページにたどり着くためには、そのページが持つリンクをいちいち入力する必要がありました。かなり手間がかかることから、キーワードを入力するだけで関連情報を検索できる「検索エンジン」が開発されました。先ほどご紹介した情報推薦の「内容ベースフィルタリング」は、検索エンジンの技術と非常に近いものがあります。ユーザーが関心を持っている特徴を持ったアイテムを推薦するという考え方は、ユーザーが興味を持っている単語が含まれるページを推薦することと類似しているからです。

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Q. 先生の研究室では、どのようなテーマの研究に取り組んでいるのですか?

 私の研究室では、単なる「好き嫌い」を超え、「価値観」を考慮した情報推薦のしくみをつくることができないか、日々研究に取り組んでいます。
 人がものを選ぶときには、単に好みだけでなく、価値観や性格など様々な要因が影響しています。例えば、「映像は最新テクノロジーが使われており、緻密で美しいものが展開されているが、ストーリーはハリウッド映画によくあるラブストーリーと異世界冒険の物語」という映画があったとします。この映画は、好きな人と嫌いな人が明確に分かれることでしょう。なぜなら、「映画に何を求めるか」という価値観の違いによって、映画を見た後の感じ方が変わるからです。「映画は大画面で素晴らしい映像を楽しむものだ」と考える人にとっては素晴らしい作品ですが、「映画はストーリーを楽しむものだ」と考える人にとっては物足りない作品となってしまうのです。
 ホテル選びも例に挙げてみましょう。「静かな環境」と「利便性の良さ」、「清潔さ」の全てを兼ね備えたホテルがあれば理想的ですが、現実には何かを諦めなければならないことがあります。繁華街に近いホテルは、便利ですが騒がしいかもしれません。ある人は「少々うるさくても便利な場所が重要」と考え、別の人は「多少不便でも静かな環境が大切」と考えるでしょう。このような「何に重きを置くか」という価値観の違いを考慮した推薦システムの開発が重要な研究テーマの一つです。
 また、現在取り組んでいるもう一つの重要な研究テーマとして、「個人のプライバシーに配慮した行動データの生成」というものがあります。情報推薦システムは、大量のユーザーデータを学習して精度を高めていきますが、個人情報の取り扱いに関する規制が世界的に厳しくなる中、ユーザーの実データを使わずに高精度な推薦を実現する方法が求められています。
 そこで私たちは、実在する人物のデータを使わない「人工的なデータ」の生成に取り組んでいます。人がものを選ぶ際の合理的な行動パターンをモデル化し、シミュレーションによって質の高いデータを生成する研究です。これが実現すれば、個人のプライバシーを守りながら質の高い推薦が可能になります。企業にとってもデータ漏洩のリスクが減り、さらに新興企業も大量のユーザーデータがなくても競争力のあるサービスを提供できるようになるでしょう。

Q. 情報推薦の技術は、これからどのように発展していくのでしょうか?

 情報推薦のアルゴリズムは数多く存在し、近年はディープラーニング※などAI技術の進歩により、さらに多様化しています。ただし、アルゴリズムの違いだけで大きな性能差が出るわけではなく、むしろ「データの質と量」が重要な要素になっています。良質なデータがあれば比較的シンプルなアルゴリズムでも高い性能を出せますし、逆に難解なデータでは最先端のアルゴリズムを使っても精度が上がらないことがあります。
 また、生成AIの登場によって情報推薦の世界も変化しつつあります。かつて検索エンジンが登場した時に情報の探し方が大きく変わったように、ChatGPTのような生成AIによって情報推薦のあり方も変わっていくでしょう。
 一方で、これからの時代に特に重要になるのは、AIが提示する情報の正確性を見極める能力です。便利なツールが登場しても、それが本当に正しい情報を提供しているかを判断するのは私たち自身の責任です。例えば、AIに翻訳を依頼した場合、その翻訳が正確かどうかを判断するためには、自分自身もある程度の語学力を持っている必要があります。技術が進歩しても、基礎的な知識や判断力の重要性は変わらないのです。

ディープラーニング(深層学習)
※ディープラーニング(深層学習)
コンピューターに大量のデータを学習させることで、高度なパターン認識を可能とする技術

高間先生ご自身のことについて

Q. 先生がこの分野に進んだ経緯を教えてください。

 大学生のころに人工知能の研究室に入ったのがきっかけです。実は最初は別の分野に興味があったのですが、友人とのなにげない会話がきっかけで人工知能の研究室を選ぶことになりました。思い返せば、大学入学時に叔父から人工知能の本をもらっていたことも、研究室選びに影響を与えたのかもしれません。
 そんな中、大学院生だった1995年、阪神・淡路大震災の時にインターネットの力を目の当たりにします。当時はまだインターネットが一般に普及し始めたばかりのころでしたが、被災地の大学関係者がネットニュース(電子掲示板のようなシステム)で現地の状況を継続的に発信し、情報交換の場が自然発生的に形成されたのです。普段は学術的な話題しかなかった場所が、一瞬にして被災地情報の交換の場に変わる柔軟さに感銘を受けました。人々の善意によって、インターネットが災害時の重要なコミュニケーションツールとして機能したのを目の当たりにし、「インターネットってすごい」と強く感じたのです。この体験が、現在の研究テーマにつながっています。

Q. 最後に、学生や受験生に向けてメッセージをお願いします。

 インターネットやWebはすでに私たちの社会を支える重要な存在となっています。これらを健全に活用していくことが大切です。情報推薦はその一つの切り口ですが、情報管理や情報セキュリティなど様々な分野があります。社会が管理社会にならないよう注意しながら、情報技術の健全な活用に貢献できる人材が増えることを願っています。
 また、ChatGPTのような革新的な技術が登場すると「もう新しい技術や研究テーマは一切出てこないのではないか」と思う人もいるかもしれません。しかし、私が学生だったころも同じような声がありました。当時年配の先生が「君たちは科学が発展しきって新しいものが出てこないと思っているかもしれないが、私はそうは思わない。私も若いころそのように思ったこともあったが、その後新しい技術が次々と生み出されることを経験してきたから」と言っていたことを今でも覚えています。実際、何度も新しい技術革新の波が訪れていますから、きっとこの先も皆さんが追究したいと思う新しい研究テーマや技術が登場するはずです。その到来を楽しみに待ちたいものです。

高間 康史 教授

総合HP教員紹介ページ/
システムデザイン学部 情報科学科 高間 康史 教授(たかま やすふみ)

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