CO₂を固定するカーボンプールコンクリートの国際標準化に挑む
新たな研究成果や研究の魅力、醍醐味などを語ってもらうシリーズ企画「私の研究最前線」。第5回目は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が推進するグリーンイノベーション基金事業に参画している都市環境学部の上野敦准教授にお話を伺いました。
都市環境学部 都市基盤環境学科 上野 敦准教授
博士(工学)。東京都立大学工学部土木工学科卒業後、東京都立大学工学部助手などを経て2007年より現職。専門はコンクリート工学、コンクリートにおける材料科学など。環境負荷低減型コンクリートの実用化や、コンクリート用副産材料の特性評価などを精力的に進めている。
Q.先生のご専門と、現在進行中の研究内容をお聞かせください。
私は“材料屋”として、コンクリート全般を対象にして検討していますが、その中の1つとして、車道や歩道に用いられる舗装用材料や、その材料を使った舗装技術も研究しています。雨天時に滑り抑制効果を発揮する技術や、太陽光による舗装面の高温化を抑制する技術を中心に、透水性や排水性、保水性など、用途に応じたさまざまな舗装材料の構造を研究しています。どれもセメントコンクリートの付加価値の向上を目的とするものです。
現在は鎌田知久助教とともに、コンクリートやセメント分野におけるカーボンリサイクル技術の確立を目指すNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金事業にも参画しています。コンクリートやセメントの製造時に排出されるCO2の削減に向け、「カーボンプールコンクリート」と呼ばれるCO2の固定技術の確立を目指すプロジェクトです。都立大では、この技術を舗装用に社会実装させる研究を担い、東京大学では建築用、舗装と建築以外の用途は一般財団法人電力中央研究所が研究しています。
なお、従来の道路舗装でも、路面の排水や雨水の地下水への涵養(かんよう)を目的として、内部に空洞を設ける技術が開発されてきました。この空洞は、排気ガスを含めた大気中のCO2を吸収・固定する点でも有効に機能するものでしょう。また、材料の再利用という観点では、不要になったコンクリートを砂利や砂と同等の大きさに砕き、道路の下に敷く方法もあります。小さく砕いたコンクリートは再生砕石と呼ばれ、現状、90%を超える再利用率を実現しているほどです。ただし、さらなる高度利用の余地もあるため、セメントコンクリートをつくる際の岩石粒子の代わりとなる再生骨材として再利用する方法が検討され、現在ではJIS(日本産業規格)で規格化もされています。にもかかわらず、実は普及は進んでいません。法制度上も問題なく使用できるのですが、再生材ではない骨材のニーズが高くなりがちなのです。確かに、再生骨材の性質に目を向けると、細かな石の周りにセメントペーストが付着しており、変形しやすい点は否めません。かといって、再生骨材をさらに削る工程を加えれば高コストとなるほか、さらにエネルギーを使うことになり、環境負荷も高まってしまうのです。その点、NEDOのプロジェクトは、こうした従来からの課題の解決にも寄与するものです。
Q.NEDOのプロジェクトについて詳しく教えてください。
本プロジェクトは、グリーンイノベーション基金事業の一環である「CO2を用いたコンクリート等製造技術開発プロジェクト」という名称です。都立大や東京大学などの高等教育機関のほか、いわゆるスーパーゼネコンなども参画しており、横断的にオールジャパンの叡智を結集させる取り組みです。その延長線上で、カーボンニュートラルやカーボンネガティブといった脱炭素社会を見据えたプロジェクトといえます。
その研究開発の1つが、CO2を固定させる「カーボンプールコンクリート」の開発です。大きく分けると、新たな再生骨材の開発と廃棄物として捨てられているスラッジ粉末の活用という、2つのアプローチで進められ、いずれも廃棄物や副産物にCO2を作用させることで高度利用を目指すものです。
例えば、老朽化、機能不足などを理由に使用されなくなり、廃材となったセメントコンクリートを砕いて粒状の再生骨材にする場合、CO2を作用させることによって、元の骨材粒子の周囲に付着しているセメントペーストが石灰岩質の岩石に戻ります。この結果、再生骨材の粒としては密で強くなり、変形しにくい骨材へと改質されるのです。舗装後のセメントコンクリートにCO2を固定させる前の段階で、使用する材料自体にCO2を固定させること、そしてこのことで、カーボンプールするだけでなく、特性も改善しようとする試みです。
また、プロジェクトには生コンクリートを扱う企業も複数参画しています。というのも、さまざまな工事における余剰分の生コンクリートを再生骨材にする過程でCO2を作用させ、従来は行ってこなかった高度利用を進めるためです。CO2を厄介な気体としてではなく、材料として用いることで、単にコンクリートを砕いて再利用するのではなく、再生骨材としての質を高められる可能性があるのです。具体的には、生コンクリートを撹拌(かくはん)しながら走るアジテータ車のドラム内に、生コンクリートを粒状にする薬剤を添加。出てきたコンクリートにCO2を固定させて、再生骨材として利用する手法の開発を進めています。
さらには、生コンクリートを入れていたドラムの内部は、その都度洗浄する必要がありますが、洗浄後にはドラムからコンクリートのような灰色の「スラッジ水」(泥水のような状態のもの)が出てきます。これをそのまま放出すると違法となるため、各事業者はスラッジ水を沈殿槽に移した上で、槽内での凝固を防ぐために、撹拌処理を行います。こうしてスラッジ水に含まれる成分を分離させた後、上澄み水は次にコンクリートを練る際の水として再利用し、細かい粒が混ざっているスラッジ水の層は、さらにフィルターでろ過します。ろ過されて残った粉末は、これまでは産業廃棄物として処理されてきました。ただし、粉末に含まれているのはセメントと小さな粒径の細骨材。粉末を堆積させ脱水したものはスラッジケーキと呼ばれますが、ここにCO2を作用させれば、セメントの代わりになる材料にできるのです。従来は廃棄するだけだったスラッジ粉末の再利用は、CO2の固定もできるためとても意義深い取り組みといえます。
ちなみに私の研究室では、舗装前の再生骨材にCO2を作用させるだけではなく、舗装後にCO2を作用させて固定化するプロセスについても検討しています。イメージしているのは、舗装面にCO2を含む水を散布するような方法です。気体で作用させる方が固定速度は速い見込みですが、CO2の運搬役として水を使用することで、大気中への逸散量が減り、結果、CO2の固定効率は高いとも考えられます。このため、CO2の固定量と併せて実験で検証する準備を進めている段階です。
Q.このプロジェクトでの都立大のミッションは何ですか?
再生骨材にCO2を固定させる際には、骨材としての特性が良い方向に向かう効果が期待できます。そこで、CO2を作用させた再生骨材に対して、どのような試験で何を数値化して、その品質を示すのかを考えることが都立大のミッション。既に規格化されている試験方法をベースに、試験項目の設定や検証を行い、必要があれば新たな試験・評価方法を探ります。
重視しているのは、事業者が実際に製造して使用していくために、簡単かつ理にかなっている方法にすることです。評価基準というものは、過度に厳しければ、製造現場から「つくれない」という声が出てきます。確かな品質を求めながらも、実際に製造できる範囲を製造者と相談して決めてゆくことが肝心です。“いい塩梅”の規格づくりが求められるのです。
そのためのステップとして不可欠なのが、カーボンプールコンクリートのプロトタイプによる試験舗装でしょう。CO2の固定量や舗装面の特性の経年変化を検証するとともに、評価基準の見直しも行いながら、最終的には2030年までの運用開始を目指しています。新たな品質評価の統一規格としてJIS化できれば理想ですし、プロジェクト全体としてはCO2の固定量を評価する手法の国際標準化も視野に入れています。日本のJISを皮切りに、日本発のISO化も十分にあり得る話だと考えています。
Q.先生ご自身のモチベーションや今後の展望をお聞かせください。
NEDOのプロジェクトでは、カーボンプールコンクリートの開発によるCO2の固定がひとつの目的となっていますが、私自身は“材料屋”として、再生骨材をはじめとする舗装材料が現在よりも高度利用されていく可能性を感じられること自体が何よりの喜びになっています。中でもスラッジ粉末に関しては、未知の材料ですのでやりがい十分。規格化に向けた責任感もありますが、新たな可能性を探究する楽しさを感じながら研究を進めています。
また、脱炭素社会に向けてCO2の固定化技術を確立させるばかりでなく、走行安全性や歩行安全性など、舗装用コンクリートとして要求されるベーシックな特性も当然ながら追求しています。雨や雪といった悪天候時の安全性や、過酷な暑さの中での舗装面の高温対策など、既存の研究内容に応用できる知見が得られる期待感も膨らんでいます。
Q.最後に学生や受験生へのメッセージをお願いします。
私は相手が何であっても、やるからには本気で取り組み、やるからには存分に楽しみたいと考えてきました。そして気づいたことは、かつて興味のあった機械分野も(子どもの頃からの歯車大好き人だったんです)、今やライフワークとなり、食事の時間を忘れてしまうほど“のめり込んで”いる土木やコンクリート分野も、どちらも細かい部分で詰めが甘ければ、大きな不具合につながりかねないという共通点です。車が走り、人が歩く舗装面に欠陥があれば、命に関わるケースもあるからこそ研究は常に本気です。
周囲の声に積極的に耳を傾け、流れに身を任せつつも、何事にも本気で臨むこと。じっと観察して、自分なりによく考えること。そして、信じること(信念)を持ちつつも、細かい点にも気を配り、でも、決して信念は曲げないことの大切さを忘れない。これが、私自身の経験に基づくメッセージです。
総合HP教員紹介ページ/
都市環境学部都市基盤環境学科 准教授 上野 敦(うえの あつし)