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2022.04.27
ゼミ・研究室レポート Vol.1

人の知覚・行動を測定し、“人間らしさ”を解き明かす「知覚行動科学研究室」

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指導教員による少人数体制のもと、学生が興味あるテーマについて専門性を高めていく「ゼミ・研究室」を紹介する新たなシリーズ企画がスタート。第1回目は、人文社会学部・石原正規先生の「知覚行動科学研究室」です。

キービジュアル
知覚行動科学研究室

実験心理学の手法で「人間らしさ」を紐解いていく研究室です。

石原 正規教授
人文社会学部 人間社会学科 心理学教室 石原 正規教授

東京都立大学人文学部*卒業後、同大学院人文科学研究科修士課程及び同理学研究科博士課程修了。博士(理学)。フランス国立衛生医学研究所空間行動部門と、ドイツのマックス・プランク認知脳科学研究所心理学部門にて博士研究員を務め、2013年に首都大学東京人文科学研究科准教授となり現在に至る。専門は実験心理学、運動行動科学。*現人文社会学部

Q.まずは知覚行動科学研究室の概要や目的、重視しているポイントなどを教えてください。

人間のあらゆる活動に存在する「知覚」「認知」「行動」のつながりを分析し、機能的な特徴を明らかにするための研究をしています。人間がどのように自身が置かれた環境を捉え、どう判断し、どう行動しているのかという問いを立て、「人間らしさ」の理解を最終的な目標としています。
似たような目標は人文社会学部の他の分野でも立てられていますが、「知覚行動科学研究室」では実験心理学の手法によって「知覚」「認知」「行動」を測定、数値化し、実証的に人間の理解につなげる研究を進めています。
重視しているのは、現象に向き合い、データの背後にある法則性を見いだすことです。先行研究で得られた知見を基にした仮説検証型の研究もありますが、人間の知覚や行動には未解明の部分が多いため、仮説を立てること自体が難しいケースもあります。そもそもの着眼点が適切でなければ、仮説そのものが妥当性を欠きます。「やってみないとわからない」といった部分が大きいため、「仮説らしきもの」が立てられる段階までは、地道にデータを集め、模索していくことが重要です。
なお、研究室での活動のほか、私が担当している心理学教室の授業には「知覚・認知心理学」や「神経・生理心理学」がありますので、興味のある方はぜひ履修を検討してみてください。

Q.人間はどのように外界環境を知覚し行動につなげているのでしょうか?

例えば「赤い大きな自動車が向こうからものすごいスピードで走ってくる」という場面では、「色、大きさ、形、奥行き、速さ、動き」という視覚対象の属性を統合する情報処理が脳の中で行われます。「赤い(色)/大きな(大きさ)/自動車が(形)/向こうから(奥行き)/ものすごいスピードで(速さ)/走ってくる(動き)」という知覚・認知が行われ、これを見ているだけなのか、危ないから避けるのかといった判断と行動につなげます。また、意識的にであれ無意識にであれ、人は環境に適応するために素早くに外界を捉え、記憶や経験、自身の状態を参照しながら行動しています。緊急時にはとっさに体が動くこともありますし、瞬時の判断を必要とするスポーツの世界でも、無意識に知覚から行動につなげる情報処理が実行されます。このプロセスは「視覚運動変換」と呼ばれ、主に「いつ(時間)」「どこへ向けて(空間)」「どのくらいの力で(量)」動かすかを決定しています。3つのうち1つでも不具合があるとうまく動作できませんが、例えば熟練スポーツ選手の動きはスムーズであり、経験によってこれらが適切に準備され、巧みに実行されているものと思われます。

Q.研究室の学生は、どのようなテーマの研究をしていますか?また研究指導で気をつけていることはありますか?

学生の興味関心に応じて、動画や画像の知覚認識から、知覚に基づく姿勢の制御やタイミングの制御、さらにはスポーツや看護医療分野に関わるものまで、研究テーマは多種多様です。どれも実験心理学や運動行動科学の手法を取り入れた実証研究です。大学院生の中には心理学分野出身ではない学生もいますし、文系理系も問いません。また、研究に挑むきっかけとなる“ひらめき”や問題意識が漠然とした内容でも構いません。研究につながる第一歩となるのは、外界と内界を感じること、また、本や映画、演劇などの作品に接し、何かしら自分の心の琴線に触れた部分があれば、どうして自分は心を動かされたのかを客観的に考えてみることです。その上で、印象深い内容を周囲に伝えて共有してみることも、人間の理解につなげる大きな一歩になるはずです。また、誰かに説明する際には、丁寧でわかりやすい言葉を使い、できるだけシンプルな話の構成での筋道立った論理展開を心がけてみてください。それは実証研究に必要なことであり、私が実験レポートや論文を評価する際に重視しているポイントです。

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もっと詳しく知りたい方はこちら → https://www.comp.tmu.ac.jp/iLab/

私の研究 石原 正規教授

知覚行動の基礎だけではなく応用的な領域も含めて研究を進めています。

学部と修士課程は都立大の心理学研究室で学び、主に形や動きの錯視現象を研究しました。博士課程では理学研究科の身体運動科学研究室に進み、視覚によって対象物を知覚した際の身体の動きや制御を研究しました。こうして、人が環境に適応するために外界を知覚的に捉え、“うまいこと”身体を動かしている流れがわかりました。知覚と行為を司る神経経路はある程度分かれており、けがや病気によって起こる高次脳機能障害(例えば視覚性失認や視覚性運動失調など)もそれぞれの経路の損傷が原因になることが示されています。これは神経心理学という医療と連携した分野の話で、私はあくまでも知覚行動の研究者ではありますが、脳機能を理解することで研究に広がりをもたせようとしています。今後も医療分野をはじめ関連領域のエビデンスを意識しながら、人間の知覚・認知・行動の機能的特徴を明らかにする研究を深めていく考えです。

私の研究 student

衝動性に関する本人の自覚と実際の衝動行為の関係を分析し、臨床での個別支援で実践可能な選択肢を導き出す研究をしています。

大学院 人文科学研究科 博士後期課程3年
公認心理師、臨床心理士
中澤 愛美さん

中澤 愛美さん

刺激に対する感覚の過敏性と衝動的な行動の間に関連性が見られるか否かを探っています。

私は児童相談所をはじめとして、子どもに関わる臨床現場での実務経験を経てこの研究室に入りました。研究テーマは、刺激に対して突発的な行動を取りやすい特性である衝動性です。経験や記憶、思考のクセなどが関係するといわれていますが、本人が自覚している衝動性の程度や感覚の特性と、実際の行動に連関があるかどうかを実験によって明らかにしたいと考えています。

実験心理学と臨床心理学の2つの手法を取り入れた研究に挑戦しています。

実験では、参加者に一定のリズムで音や光などの刺激を与え、例えば音に合わせて反応ボタンを押してもらいます。先行研究で見られた、リズムより少し早くボタンを押す「先押し現象」を確かめつつ、実験結果から新たな知見を得ることが目的のひとつです。予定調和のように結果を見つけ出したり、ゴールを決めて終着したりせず、データを集めながら仮説を積み重ね、結果を基に考察を深めていく方針です。また、実験心理学の手法による客観的な評価に加えて、臨床心理学分野で学んだアンケート調査を実施することで参加者の主観も測定し、併せて考察する点にこの研究の特徴があります。

衝動性が表れる要因がわかれば、個別の支援における選択肢を増やすことができます。

実験の本格化はこれからですが、得られた知見を臨床現場での支援に還元することが最終的な目標です。また、この研究は画一的に「こうすべき」という方法を提示することが目的ではなく、個別の支援に有効な手段を提案することを目的としています。例えば、ある衝動性の高い人が音に敏感だとわかれば、音を軽減する工夫によって衝動性を抑えられる可能性があります。またもし光が衝動性を高めてしまうと考えられれば、照明を和らげてみることもできるでしょう。この研究が、支援する際の選択肢を増やすための一助になればと考えています。

研究の様子

看護師が情報を瞬時に取捨選択して行動に繋げる「非意識的過程」を可視化し、医療現場に役立てるための研究をしています。

大学院 人文科学研究科 博士後期課程1年
看護師、保健師
菱谷 怜さん

菱谷 怜さん

臨床判断の際に看護師が無意識的に行っている言語化できないプロセスの解明に挑んでいます。

私は看護師の臨床判断における非意識的過程を研究しています。看護師は意識的に状況をみて判断する以外にも、情報を瞬時に取捨選択して行動につなげていると考えられる場面も多いからです。特に熟練看護師ほど(自律神経系活動の計測で示される)覚醒や興奮度合を無意識的にコントロールし、患者の状態悪化や急変リスクなどを予測し、対応しているのではないかと考えています。

看護師はどこを、なにを見て、どのように患者状態を判断しているのか。

実験では、バイタルサインと呼ばれる患者の血圧や脈拍などを看護師に見せ、リスクの高低を判断するまでの反応時間や、その間の自律神経系の活動、視線の動きなどのデータを集めます。ただし、実際の医療現場では業務が重なり多忙を極め、重症患者の病状悪化など、命に直結する緊迫した状況もあります。そこで、複数の課題に対して時間制限つきで取り組みながら判断してもらうなど、できるだけ実際の医療現場に近い状況になるように工夫して実験を行います。また、患者の背景情報を変えた場合の判断の変化や、看護師としての経験年数に応じた違いなども、比較検討できればと考えています。

実験データを看護師の教育ツールへと発展させ、医療の基盤を担う「質の高い看護」に繋げたい。

現時点では、リスクが高い患者情報が示されたときの方がリスクが低いときよりも時間をかけて判断しており、看護師がリスクの高低に応じて反応様式を変えている可能性が示されました。また、看護師経験年数が長いと素早く正確に判断ができるようになると思われます。私の目標は、こうした非意識的過程や経験による影響を明らかにし、将来的には看護師の行動指標や教材へと発展させることです。熟練看護師の反応様式の他、視線の動きなども理解することができれば、現場に立つ新人看護師の能力向上や、ひいては看護ケアの質の向上にもつながると考えています。

研究の様子

ハイレベルなアスリートの映像を見た後の動作データを解析し、映像を用いる指導の有効性を探る研究をしています。

人文社会学部 人間社会学科 3年
鴇田 祥さん
東京都立小松川高等学校卒業

鴇田 祥さん

部活動の後輩に対する指導で直面した壁を乗り越え、教員としての将来にもつながる知識を身につけたい。

私は高校時代に所属していたボート部でコーチをしており、今後も指導を続けるために教員を志望しています。部活での指導の難しさを感じる場面も多く、心理と運動のつながりを研究するために石原先生の研究室に入りました。ボート部の生徒に参加者となってもらい、練習効果を検討するための実験を始めました。実際にボートを漕いでいる映像を撮影し、その動作解析を進めています。

意識を向ける先が違えば、その後の行動にも違いが出るのかどうかを確かめます。

研究の目的は、注意をどこに向ければ練習の効果が高まるかを探ることです。まずはボート部の部員を2つのグループに分けて漕ぐ様子を撮影しました。次に、片方のグループには体幹に、もう片方には動き全体に注意を向けさせて、競技レベルの高い選手の映像を見てもらいました。その後、改めて漕ぐ様子を撮影します。以降も引き続き同じ視点で映像を見てもらい、撮影を定期的に実施し、時間経過とともにどのように運動内容が変化していくのかをグループ間で比較します。“ボートを漕ぐ”という動きに、動作解析を取り入れることで目視だけでは見えてこない特徴を明らかにしていきます。

動作解析や統計の手法を、将来のさまざまな場面で役立てたいです。

実験では注意を向ける場所を参加者に教示しましたが、その様な実験操作とボート漕ぎ動作の計測を通して、技術向上につながる効果を確認できれば、指導の1つとして役立てることができると考えています。また身体の動かし方がどのように変化したか、部員に客観的に示すこともでき、有効です。こうした考え方や、実験の手順、参加者に対する説明の仕方などは、石原先生が1から丁寧に教えてくれました。動作解析の手法や、データ処理、解釈に不可欠な統計の手法は、今後幅広い分野で活かせると思うので、卒業までにさらに専門性を高めていきたいです。

研究の様子

※学生の所属・学年は取材時(2022年1月)のものです。

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