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2022.06.24
私の研究最前線 シリーズVol.4

世界初!都立大発!コムギとイネの“いいとこどり”で雑種植物が誕生!

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新たに発表された研究成果をもとに研究の魅力や醍醐味について語ってもらうシリーズ企画「私の研究最前線」。第4回目は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業「社会の持続的発展を実現する新品種導出技術の確立」に「三大穀物間Cybrid植物を核とする異種ゲノム育種」が採択された理学部の岡本龍史先生にお話を伺いました。

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岡本 龍史教授
理学部 生命科学科 岡本 龍史教授

国際基督教大学教養学部理学科卒業後、東京都立大学大学院理学研究科生物学専攻にて理学博士号を取得。その後、同研究科にて助手を務めながら、日本学術振興会海外特別研究員としてドイツで顕微授精法を研究。帰国後の2005年に首都大学東京理工学研究科准教授、2015年より現職。専門は植物発生学。

Q.先生のご専門からお聞かせください。

専門は植物発生学です。植物は種子を発芽させたのち、葉や茎を次々とつくることで成長し、ある時期になると花が咲き種子ができます。この生活環の出発点が、卵細胞と精細胞の融合であり、これにより生じた受精卵が細胞分裂を経て胚となり、種子および植物体へと成長していくのです。このプロセスに人間が手を加えることで、広く品種改良と呼ばれる育種が行われており、中でも主流といえる方法が、花粉をめしべに人為的に付着することで受精させる交配です。ただし、交配をしたくても植物間の系統が遠ければ、「生殖的隔離」という現象によって受精はほぼ起きません。まれに受精が生じても交雑受精卵は正常に発生できず、これを「交雑不全」といいます。これらの生殖および交雑不全の仕組みを理解するためには、めしべの奥底で起こる受精過程と受精卵の発生過程を直接観察し、解析することが必要でした。
そこで私の植物発生生理学研究室では、植物の受精とその後の細胞分裂をシャーレの上で再現し、そのプロセスを顕微鏡で観察しながら、植物の発生原理を紐解く解析を進めてきました。その際に用いたのは、「顕微授精法(In vitro Fertilization法)」という技術です。植物体を人為的な手法で作出するための最初の一歩として、卵細胞と精細胞を電気的に融合させることで受精卵をつくる手法です。この手法を用いることで、従来は交配できなかった異種の植物間においても、生殖的隔離や交雑不全を乗り越えて雑種をつくり出せる可能性が高いと考えたからです。
この顕微授精法に適しているのは、卵細胞や精細胞を取り出しやすいイネ科の植物です。卵細胞と精細胞を単離し、交流電流でそれら細胞を互いに接着させた後、直流パルスをかけることで融合させ、受精卵にすることができます。受精卵になると細胞が活性化し、細胞分裂を繰り返しながら、胚・植物体へと成長していくための遺伝子発現プログラムが動き出すのです。

イネ、コムギ、トウモロコシの系統関係
イネ、コムギ、トウモロコシの系統関係。同じイネ科だが異なる亜科に属するため、従来から交雑が困難とされてきた。

Q.顕微授精法の手法そのものも、先生が開発したのですか?

私が都立大で助手をしていた時期に、トウモロコシで顕微授精法を確立したKranz博士(ハンブルグ大学・ドイツ)の研究室に留学することができました。そこでの約2年間の研究成果を活かして、帰国後にイネでも顕微授精法による卵細胞と精細胞の融合に成功し、さらにはコムギでも顕微授精法を確立することができたという経緯があります。
そして次に考えたのが、この3つの顕微授精法を組み合わせて雑種をつくることです。ただし、これらはすべてイネ科の植物ではあるものの異なる“亜科”に属するため、従来型の交配をしても生殖的隔離によって交雑不全となってしまいます。これまでにないプロセスを経て受精卵をつくる必要がありました。

Q.交雑不全の壁をどのように乗り越え不可能を可能にしたのでしょうか?

まずはイネの卵細胞とコムギの精細胞を1対1で融合させましたが、細胞分裂が進む過程で成長が止まってしまいました。ただ、それは当然の結果。イネとコムギは系統的に大きな隔たりがあり、言わばお互いの遺伝子が“ケンカ”してしまうことで「交雑不全・発生不全」に陥るのです。そもそもイネもコムギも、それぞれの細胞は「核」のほかに、ミトコンドリアと葉緑体を含む「細胞質」で構成され、細胞質は動物と同様に卵細胞からの母性遺伝となります。最初に試した融合では、イネの核ゲノムDNAのほとんどが脱落してしまったため核DNAはコムギとなり、細胞質DNAはイネの卵細胞から由来するのでイネとなります。その結果、異なる亜科の核と細胞質が共存することになってしまい、交雑胚の成長が止まったのです。
そこで、この交雑不全を克服するために行ったのが、1対1での「交雑受精卵」ではなく、任意の組み合わせで配偶子を融合させる「異質倍数性受精卵」への転換です。「核=コムギ」「細胞質=イネ」という状態を回避するために、さらにコムギの卵細胞を加え、母性遺伝によってもたらされるコムギの細胞質を共存させました。これによって不全を克服でき、受精卵から着実に細胞が増殖していったのです。受精卵をシャーレ上で培養しながら、ある程度成長が進んだところで土に移植。植物体として大きく育ってから分析したところ、コムギとイネの「細胞質雑種植物」、別名「Cybrid(サイブリッド)植物」であることが証明されました。

顕微授精法によるコムギ-イネ雑種植物の作出
コムギ精細胞とイネ卵細胞を融合させた受精卵(A)は球状様胚まで発生するが、交雑不全が生じるのでそれ以降は発生できない。一方、コムギ精細胞、イネ卵細胞、コムギ卵細胞の組み合わせで作出した交雑受精卵(異質倍数性)(B)は、交雑不全を示すことなく植物体にまで発生する。

Q.このCybrid植物にはどのような特徴が見られますか?

核ゲノムがコムギなので、外見を含むベースはコムギです。しかし、イネとコムギの両細胞質を持っているため、コムギが本来は持っていない特徴も見られるのではないかと考えました。というのも、細胞質のうち、ミトコンドリアはエネルギーをつくり、葉緑体は光合成を行うことが知られていますが、これらは環境変化に対するセンサーとしての機能を持つとともに、乾燥や低温といったさまざまな環境的ストレスへの適応・耐性にも関与することが知られているからです。
実際、イネの細胞質がもたらす効果を期待して、この雑種を水を張ったバケツで育てると、コムギと同様に多くの個体・系統が死んでしまいましたが、冠水状態でも正常に成長し続ける雑種個体・系統が認められました。また、雑種から得られた種子を39度という高温で8日間処理し、その後に22度の環境に移動させても、無事に発芽する個体もありました。これらは、本来ならば湿潤状態に弱く低温を好むコムギには見られない形質です。さらに、鉢で育てたケースでは、開花時期が約2週間遅くなる個体もありました。これは、コムギの栽培地を南限あるいは北限に拡げることができる可能性を示すものです。これらはいずれも従来のコムギにはない特徴を持つ雑種だといえる根拠となるものであり、また、コムギ−イネCybridが多様な環境下で育てられる可能性を示しています。このCybrid植物は基本的にはコムギですが、食用にはコムギのままで構いません。本研究によって付加価値となる強みをイネ由来で実現させる道筋をつけることができ、理想的な雑種の創出に繋がることを強く期待しています。

南大沢キャンパスの温室・実験圃場に設けられている人工気象室
南大沢キャンパスの温室・実験圃場に設けられている人工気象室。年間を通じて室温が26度に保たれ、日照時間は13時間に設定されている。

Q.一つの雑種を生み出したこと以上に大きな意義や価値がありそうですね?

イネ科の中で遠縁雑種を誕生させたことに意味があると思います。なぜなら、例えばイネ科とキク科を融合させて新たな植物をつくると、それは遺伝子組み換え植物に分類されます。海外では遺伝子組み換え植物が増えており、農薬を分解するバクテリア由来の遺伝子を組み込むことで、農薬を散布しても元気に育つトウモロコシなどがアメリカやブラジルなどで広く普及しています。一方で、日本やEUでの流通や栽培には厳しい規制や審査もありますし、不安を感じたり、敬遠したりする国民感情があるのも確かです。その点、遺伝子組み換え植物には該当しないイネ科Cybrid植物は、国内外の畑などですぐにでも育てることができるのです。
また、イネ科には遺伝子資源として有用な植物が多く含まれています。高い光合成能力を持った植物が多く、サトウキビやソルガムなど、エネルギー作物としても使われる植物もあれば、極めて乾燥に強いパールミレットという穀物もあります。これはアフリカの乾燥地をはじめ、栄養状態が貧弱な土壌でも育つ植物です。イネ科には優れた環境耐性を持つ植物が多いのです。これらの遺伝子源をコムギやイネに加えることができれば、より環境変動に強い植物となる可能性が期待できます。トウモロコシ、イネ、コムギは世界の穀物生産の9割以上を占める三大穀物であり、三大穀物Cybridは世界的な食糧危機を救うポテンシャルを持っています。

Q.Cybrid植物を生み出した研究環境についても教えてください。

2003年に留学から帰ってきて以来、南大沢キャンパスの植物実験棟にある4つの人工気象室のうちの2つを自由に使わせてもらっています。イネを年間通じて育て、常に花を採取できる状態になっており、研究環境には非常に恵まれています。
一方で、都立大では大規模農場を使った検証が難しいため、鳥取大学・乾燥地研究センターの石井先生と連携して研究を進めています。このセンターの圃場が砂地のため病気の発生が少なく、植物の形質評価に適しているからです。今後はメキシコにある国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)での栽培試験も予定しています。
また、冠水耐性や高温耐性など、Cybrid植物の強みがどのように発現してきたのかをゲノムレベルで解明するために、他大学のバイオインフォマティクスの専門家とも連携しています。さらには、ミトコンドリアや葉緑体のゲノム編集技術を持つ他大の研究者とも連携しています。都立大だけで行う研究には限界がありますが、外部と連携するからこそ研究スピードは速まるもの。既に都立大と鳥取大との共同で国際特許も出願済みです。
そして忘れてならないのが、研究者を支える都立大の風土です。研究内容に関する指定や縛りもなく、自由な研究を後押ししてくれます。生命科学科では、個々の研究者・教員が、動物・植物・微生物の研究を分子・細胞・個体レベルで幅広く進めています。他大学の生命科学科・生物学科では分子的研究や動物研究などに偏った研究者・教員構成もみられます。これには特定の分野を強くできるというメリットもありますが、視野が狭くなるという大きなデメリットも伴います。その点、都立大では研究内容が幅広く、専門分野外の多様な知見にも触れながら自らの研究に活かせるチャンスが沢山あります。特に学生にとっては、多様な生物学分野を体系的・横断的に学べることが大きなメリットとなっています。

研究する学生と岡本 龍史教授
学生たちは恵まれた研究環境の中で、多様な知見に触れながら自らの研究を進めている。

Q.最後に学生や受験生へのメッセージと今後の展望をお聞かせください。

まず、高校で学ぶ生物学と大学のそれは、多少は連続しているにせよ、別個のものと考えていいと思います。高校までは基本的に暗記中心ですが、一度リセットして大学入学後に1から勉強していっても何も問題はありません。物理や化学の方が得意で、大学受験では生物を使わないレベルでも大丈夫です。数学や物理学は積み重ねによって初めて高みに辿り着ける学問だと思いますが、生物学の研究分野は幅広く、かつそれぞれが独立しているともいえます。細胞生物学、発生学、生化学、分子生物学、進化学、遺伝学、生態学などいくつもの柱があり、それらの知見を組み合わせながら学びを深めていくイメージです。学生の個別の興味に応えられる間口の広さも魅力だと思います。
私自身の今後の課題としては、交雑不全や発生不全の根本的な原理やメカニズムをまだ誰も説明できていないため、分子・細胞レベルで解明したいと考えています。そのためにも、不全を起こすケースと、雑種として成長するケースの違いや共通点について丹念に分析を重ね、そもそもなぜ雑種ができるのかという生物の本質にも迫りたいと考えています。もちろんCybrid植物の開発もさらに深化・拡大させていく方針です。植物は人々の想像を遥かに超える多様な能力を持っており、顕微授精法をイネ、コムギ、トウモロコシ以外の植物にも展開させていきたいと考えています。

岡本 龍史教授
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