「地球の明日、地球との明日」
2021年度の夏季集中授業として、世界を舞台に各界で一線級の活躍をされているゲストスピーカーによる分野横断的なオムニバス講義を開講しました。この授業を通して学生に感じ取ってほしかったことは何か。授業担当者の綾部教授にお話をうかがいました。
コロナ禍での閉塞感を突き破る未来志向の連続講義
本講義は、学生が普段学内ではなかなか聞くことのできない新規性と奥行きの双方を兼ね備えた講義を目指し、大橋学長をはじめ都立大の教員がそれぞれの人脈を最大限駆使することで成立しました。哲学者から天体物理学者、ベンチャーキャピタリスト、経済学者、建築家、文化人類学者、電気電子工学者まで、世界で活躍する一流の研究者や実務家をお招きし、私たち人類が近未来に向けて生み出しつつある価値や制度、新たな仕掛けなどについて、貴重なお話をうかがいました。
「地球の明日、地球との明日」というタイトルにもこだわりました。単に「地球の明日」では、自然科学分野の印象が強くなりますが、本講義は分野横断的な全学共通科目です。学部学科を問わず、学生が自分自身の問題として主体的に地球の未来に向き合うために、「私たち(人類)と」が隠れた「地球との明日」を加えました。
私は全8回の講義の前後に、プロローグとエピローグという枠で登壇しました。プロローグでは、学生が講義で感じ取ってほしい3つのポイントを提示し、エピローグでそれらを再度回収するという構成を取りました。
1つ目は「物事の『そもそも』に思いを馳せる」です。世の中で当たり前とされている事柄は本当に正しいのか、それは覆せないのかというクリティカルな視点を持つことが大切であり、その視点をゲストスピーカーの講義から感じてほしいと考えました。例えば、経済学者の小島先生は「市場制度は与えられたもの」という前提を覆し、「設計できるもの」とした上で、マッチング理論に基づく新たな制度の導入を提唱しています。物事を絶対視することなく、相対的な視点を導入すれば、新たな地平を見出すこともできるのです。
2つ目は「科学と思想の『出会い』を捉える」です。例えば、建築は工学という科学であると同時に、自然との共生や、誰もが過ごしやすいバリアフリー空間などをコンセプトとして内包しています。そこには、道徳や倫理、哲学とも言い換えられる価値の体系を垣間見ることができます。だからこそ本講義でも、科学と思想のクロスポイントを見つけてほしいと考えました。
3つ目は「『言葉の力』に正しく身を委ねる」です。どんな学問でも理論や価値を表現・発信する際には言葉が用いられます。自然科学分野でも、慎重に選び抜かれた言葉自体が持つ力を見過ごすことはできません。X線天文学における計測手法としての「Wedding Cake」型、宇宙物理学における「Dark Matter」などは、「Wedding Cake」や「Dark」である必然性はなかったものの、聞く側の想像力を喚起する力によって、これらの言葉が淘汰されずに自然と残っていったのです。
エキスパートの知見や経験を自分の成長に役立ててほしい
エピローグに続くかたちで、本講義を次なる学びにつなげるために、最後に3つのメッセージを学生に送りました。
1つ目は「学問とは終わりなき知的ゲームであることを知る」ということです。学問や研究には通常のゲームの域を超えた膨大なルールがありますが、新たな発見や技術革新によってルール自体が変わり、目指すべきゴールが変わっていくこともあります。本講義からその気づきを得て、専門的な学びに果敢かつ能動的に、そしてゲームのように楽しみながら関わってほしいものです。
2つ目は「自分の軸をカスタマイズ」していくことの大切さです。今回のゲストスピーカーに限らず、世の中の多くの成功者の共通点は、自分でカスタマイズした太く強固な軸を持っていることです。学生にも、自分がまず最初に基礎をおく軸を最初は模倣でも構わないので固める一方で、学内外でのさまざまな気づきをとおして、さらにそれを柔軟にカスタマイズしていってほしいと考えています。
3つ目は「そして『野』に出でる」です。「野」とは、フィールドワークで訪れる場所でも海外の留学先でも、バーチャル空間でも構いません。自分が探究を深めていきたい場を見つけ、そこで得た知見や編み出した仕掛けを外に向けて発信していける人材に育っていってほしいと思います。
本講義を通じてさまざまな分野のエキスパートの知見に触れることで、地球を俯瞰する視点を養い、未来志向の考え方を少しなりとも吸収できたのではないでしょうか。各講義後の質疑応答では、受講者から本質を突く質問が数多く寄せられ、みなさんの着眼点の鋭さを感じることができました。同時に、それぞれのゲストスピーカーが歩んでこられた軌跡への関心の高さも印象に残りました。この混沌とした世の中において、日頃からロールモデルを探している方々が多いのかもしれません。
一連の講義の中で何気なく発せられた言葉のひとつやふと目にした一枚の画像が、今後もみなさんの心の片隅に居場所をみつけ続け、次への一歩を踏み出すための重要なピースになっていくとしたら、それに勝る喜びはありません。
2021年度夏季集中授業「 地球の明日、地球との明日」
2021年9月6日
第1回(1時限・8:50 ~10:20)
Markus Gabriel(ボン大学教授)
「Towards a New Enlightenment ‒ Transdisciplinary and Transcultural Cooperation in the Post - Pandemic Era」(英語配信・字幕付き)
コーディネーター:西山雄二(人文社会学部教授)
第2回(2時限・10:30 ~12:00)
山本康正(ベンチャー投資家/京都大学大学院特任准教授)
「世界を激変させるテクノロジービジネス」
コーディネーター:山下英明(副学長・経済経営学部教授)
第3回(3時限・13:00 ~14:30)
小林康夫(東京大学名誉教授)
「〈地球とともに〉̶̶̶この〈ともに〉withに向かって。ひとつの哲学的試み(How to be with the Earth̶̶A Philosophical Trial)」
コーディネーター:西山雄二(人文社会学部教授)
第4回(4時限・14:40 ~16:10)
Megan Urry(イェール大学教授)
「The Earth’s Place in the Universe」(英語配信・字幕付き)
コーディネーター:大橋隆哉(東京都立大学学長)
2021年9月7日
第5回(1時限・8:50 ~10:20)
Frede Blaabjerg(オールボー大学教授)
「Power Electronics - The Key Technology for Grid Integration of Renewable Energy」(英語配信・字幕付き)
コーディネーター:清水敏久(システムデザイン研究科特任教授)
第6回(2時限・10:30 ~12:00)
小島武仁(東京大学教授)
「社会をアップデートするマーケットデザイン(制度設計)の経済学」
コーディネーター:渡辺隆裕(経済経営学部教授)
第7回(3時限・13:00 ~14:30)
伊東豊雄(伊東豊雄建築設計事務所代表)
「大都市中心の社会は変わるか」
コーディネーター:吉川徹(都市環境学部長)
第8回(4時限・14:40 ~16:10)
小川さやか(立命館大学教授)
「物語の力ー言葉が運ぶもの」
コーディネーター:綾部真雄(副学長・人文社会学部教授)
集中講義を受講した学生の感想
9月6日(月)・7日(火)に集中授業として実施された全8回の講義のうち、世界でトップレベルの学術誌に数多くの論文が掲載されている経済学者、小島武仁先生の講義内容を紹介します。
マッチング理論を進化・応用させた「マーケットデザイン」の社会実装を推進
小島 武仁氏 東京大学大学院 経済学研究科 教授
東京大学経済学部卒業後、ハーバード大学で博士号取得。イェール大学博士研究員やスタンフォード大学教授などを経て2020年より現職。東京大学マーケットデザインセンターのセンター長も務める。
Q.マーケットデザインとはどのような分野ですか。
入学試験や就職活動の望ましいマッチングをはじめとして、世の中の制度設計を科学的に分析して、人員や物資などを無駄なく効率的に、適材適所で公平に配分することを目的とする分野、それがマーケットデザインです。組み合わせの最適解を導き出すマッチング理論をベースに研究が進み、近年は社会実装も活発化しています。その理論のひとつが、当事者双方の希望に基づいてマッチングを行う「ゲールシャプレーアルゴリズム」です。
Q.具体的にはどのようにマッチングさせるのでしょうか。
例えば入学試験では、受験生は志望校に、学校側は受験生に順位をつけ提出します。受験生の志望に対し、学校側は順位に基づいて仮合格と不合格を決定。不合格の受験生は次の志望校に出願し、ここで学校側は仮合格の受験生を含めて、あらためて仮合格と不合格を判定します。これを繰り返し、最終的にすべての受験生がどこかの学校に入ったところでマッチングが決まります。その結果は学校と学生のミスマッチがなく、さらに学生は自分の志望を正直に申告することが最適になるので、戦略的な操作が起きません。このアルゴリズムには社会実装例が多数あります。
Q.社会実装の事例や今後の可能性を教えてください。
アメリカでは高校入試、日本では研修医の就職市場や企業人事での活用例があり、子どもを保育園に預けられない待機児童問題にも有効です。しかし、兄弟姉妹で同じ保育園に入れる機能や、定員割れが起きた際に自動で定員数を調整する機能、居住する自治体以外の保育園を希望する“越境入園”に対応させる機能などを設計する必要があり、私はそれを研究しました。成果として、待機児童の63%削減を実現するシミュレーション結果が出た自治体もあります。ほかにも、余剰食糧を貧困家庭に配分するフードバンクの活動や、医療資源の効率的な配分などにも適用できます。興味があれば、ぜひ専門的に勉強してみてください。
取材を終えて
濃密で重厚。あっという間の8講義720分
総合HP教員紹介ページ/
人文社会学部人間社会学科 教授 綾部 真雄(あやべ まさお)