東京都立大公式WEBマガジン
2021.08.18
先生、これってなぜですか? Vol.2

不老長寿の薬って 作れるの?

この記事を共有する

日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

キービジュアル
イメージ03
理学部 生命科学科 安藤 香奈絵 准教授

東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修了、博士(薬学)。アメリカ・コールドスプリングハーバー研究所博士研究員を経て、2006年にトマスジェファーソン大学神経学科准教授に着任。2014年より現職。2020年に発表した研究成果「アルツハイマー病の発症に関わる神経細胞死のメカニズムを解明」は、国際科学ニュースサイト『EurekAlert!』にて、年間閲覧数第9位を記録した。

疑問:老化に伴うアルツハイマー病や認知症は防げるのでしょうか?

安藤先生
安藤先生
答え:神経細胞の老化メカニズムを解明し、標的となる因子を突き止めれば可能性は高まります!


Q. アルツハイマー病や認知症の実情から教えてください。

世界中で人々の寿命が延び、人生100年時代ともいわれるなか、寿命が延びた分だけアルツハイマー病の患者も増加しています。認知症の主な原因となるアルツハイマー病は、世界の平均寿命が50歳前後だった1900年に発見され、当時では珍しい症例だったのですが、現在日本国内では、80歳以上の約25%が認知症を発症しています。
アルツハイマー病の最大のリスク因子は、加齢に伴う脳の老化です。神経細胞が機能低下を起こしてしまう脳の老化を遅らせて、脳が若い状態を保てれば、認知症のリスクは軽減されるのです。

Q. 実際の研究はどのような方法で進められているのでしょうか?

私の研究では、ショウジョウバエを使います。ハエとはいっても記憶力もある立派な脳を持ち、脳の構造もヒトと似ているため、加齢の研究ではオーソドックスな研究手法です。マウスと比較して成長が早く、生まれてから2か月で寿命を迎えるため、老化の進行を短期間で検証できるのです。
何か仮説を立てて検証する際に、マウスなら2年から3年が経過しないと結果がわかりませんが、ショウジョウバエなら2か月でわかります。しかも小さいですから、一度に多くの個体で実験でき、スペースもさほど必要ありません。
これまでの研究では、ヒトと同じような要因が脳の老化に関わっていることもわかっています。そのひとつが脳に供給される栄養の量です。栄養失調にならないレベルで摂取するカロリーを低くすれば、ショウジョウバエでもマウスでもヒトでも、同じように寿命は延びていきます。一方で、脳を機能させるためには、エネルギー源となる糖が必要。そこで、糖の量に応じて光り方が変わる蛍光タンパク質、いわゆるバイオセンサーを使い、ハエの脳にある神経細胞の光り方を観察すると、加齢に伴って摂取できる糖の量が低下してしまうことが確認できています。
一般的な老化と、アルツハイマー病を発症させる神経細胞の変化にはメカニズムに違いがありますが、このようにショウジョウバエで脳の老化を研究した成果は、ヒトにも応用できる可能性が高く、ヒトの症状から得られた情報をもとに仮説を立て、ショウジョウバエで調べるケースもあります。いずれも老化した神経細胞は病気に対して弱く、罹患しやすくなりますので、老化した脳内の神経細胞がどう変化し、アルツハイマー病を引き起こしているのかを解明したいのです。

ショウジョウバエ
ショウジョウバエ
ショウジョウバエの脳のメカニズム
認知症の研究にハエが役立つ!? ハエは意外に賢いんです。

Q. 細胞の老化が原因だとすれば、iPS細胞などによって再生できないのでしょうか?

iPS細胞は、血液や皮膚、網膜など、細胞が入れ替わる部位ではとても有効と思われます。一方で、脳の細胞は入れ替わらず、生まれてから死ぬまで同じです。だからこそ記憶ができ、個性も生まれるのです。脳の細胞はその人が死ぬまでともに生き続けるものの、脳の細胞の一部が先に死んでしまうことで、その分の記憶がなくなるなど、認知機能の低下につながってしまうわけです。
実際にアルツハイマー病の脳の細胞を見ると、タンパク質の異常な塊があることがわかります。脳の細胞が劣化したり、死んでしまったりするのは、そこに「タウ」と呼ばれるタンパク質が蓄積されてしまうからなのです。タウは、そもそも脳の細胞を構成する成分のひとつであり、必要不可欠な善玉のタンパク質です。しかし、何らかの要因によって形状が変わり、塊になることで悪玉へと変化してしまいます。こうして神経細胞の機能を低下させるほか、最終的には細胞を殺してしまうのです。
タウの蓄積は、ピック病やパーキンソン病の要因とも考えられています。アルツハイマー病の場合は、発症の20年前くらいから蓄積され始めると考えられます。ただし、著しい記憶力の低下など、症状の悪化を感じて受診する頃には、既に神経細胞が死んでしまっていることが多いのが実情です。とはいえ、脳の細胞は取り替えられませんので、根本的に神経細胞が死なない手立てが必要になります。だからこそ私は、タウが善玉から悪玉に変化する要因を突き止めたいのです。
また、脳の神経細胞の周りには、神経細胞の手伝いをする「グリア細胞」というものが存在し、神経細胞を掃除したり、栄養を与えたりしています。神経細胞がグリアに指示を出して細胞を掃除させ、元に戻ることもあります。ところが、ストレス状態が継続するとグリアが凶暴化し、神経細胞そのものを食べてしまうこともあり、グリアと神経細胞の関係についても研究を進めています。

タウ
タウは、普通は神経細胞の形を作る手伝いをしているタンパク質ですが、アルツハイマー病になるとその性質が変わり、悪玉となって神経細胞を傷害します。
グリア細胞
神経細胞(赤・青)とグリア細胞(緑)

Q. どのような点に研究の難しさがありますか?

アルツハイマー病の研究は、遺伝的なものから環境的なものまで、影響を及ぼしていると思われる要因が多い点に難しさがあります。遺伝子の組み合わせが違えば、環境に対するレスポンスも変わるため、因果関係が不明瞭なのです。
人の体は脳や筋肉、消化管などの臓器と、それらを作る細胞からできています。細胞はまず増殖した後、それぞれの場所で専門的な役割を果たせるように、形や機能が変わります。臓器や組織によっても細胞が老化するメカニズムが違うはずですし、細胞が果たす役割も違います。皮膚の老化を防ぐなら、皮膚の細胞が入れ替わる工夫を考えればいいですが、脳の細胞は入れ替えられませんので、対処方法も異なります。こうしたそれぞれの臓器・組織のメカニズムと、劣化するメカニズム、そして創薬ターゲットがわかれば、不老長寿の薬づくりも夢物語ではないかもしれません。アルツハイマー病に関しても、タウの変化を引き起こす要因がわかれば、それを標的にした創薬も可能になりますので、臨床や創薬分野との連携も視野に入れています。

安藤先生ご自身のことについて

Q. 研究者としてのポリシーなどがあれば教えてください。

生命科学は、黙々と研究に励み、一人で何かを発見できるような世界ではなく、周囲との協働が大前提です。そのためには、言わば喋ることが仕事、人に話すことが仕事です。研究者は自らの研究成果を別の研究者に伝えることで、分野横断的に多様な知見が融合し、新たな知見・価値が生まれていくのです。
アルツハイマー病にしても、分子生物学や生化学、神経科学など、多面的・多角的にアプローチしなければ限界があります。一人の研究者から見えるのは一部分に過ぎないからです。だからこそ、世界中の研究者が知恵を持ち寄り、社会に役立てていくことが重要だと考えています。

研究風景

Q. 最後に、学生や受験生に向けてメッセージをお願いします。

「教科書は古くなる」ということを認識してほしいと思います。例えば、iPS細胞やゲノム編集は、ひと昔前には「間違いである」「不可能だ」と解釈されていたはず。それでも、技術は日々進歩しますので、教科書の内容を信じきったり、鵜呑みにしたりすることなく、「本当にそうなのか」と考える姿勢を大切にしてほしいのです。教科書に書かれておらず、まだ誰も解明していない現象があっても何ら不思議ではありませんので、批判的精神と探究心を持って向き合ってほしいと思います。
また、サイエンスの公用言語は英語ですので、学部生のうちから英語で専門教育を受け、英語で専門知識や理論を習得し、発信できるようになることが理想です。ただ、決して身構える必要はありません。研究論文も文献も、簡潔に伝えることが目的であって、専門用語さえ覚えればシンプルでわかりやすいものです。行間を読み解く必要があるような複雑で難解な文章でもないのです。
研究成果は、日本語で発表しても、日本の中でしか価値を伝えることができませんが、英語をマスターして世界中のサイエンティストとディスカッションをしたり、協働したりできれば、その研究成果や価値をさらに高めることができるはずです。

TOP