コンピュータ・シミュレーションで気象・気候現象の仕組みに迫る
新たに発表された研究成果をもとに研究の魅力や醍醐味について語ってもらうシリーズ企画「私の研究最前線」。第1回目はシミュレーションによって気象・気候現象の仕組みに迫ろうとする、都市環境学部の高橋洋先生にお話を伺いました。
都市環境学部地理環境学科 高橋 洋 助教
2001年、筑波大学卒業。以後、同大学大学院修士課程、名古屋大学大学院博士課程修了。名古屋大学、海洋研究開発機構の研究員を経て、2009年、首都大学東京都市環境学部助教。
Q.高橋先生が取り組まれている気象・気候学とはどのような学問なのでしょうか?
気象・気候学は、その名が示す通り、気象・気候現象を調べる学問なのですが、様々なアプローチで研究が進められています。例えば、実際に起こっている気象・気候現象を観測することも気象・気候学の研究の一例ですが、観測するだけでは、今後の変化を予測することはできません。私たちは気象・気候現象を数式で示した数理モデルをもとにコンピュータにシミュレーションさせることで、今後の変化を予測する研究に取り組んでいます。こうした研究に用いられる数理モデルは、現在の天気予報にも使われていて、より正確な数理モデルが開発されて、予想が当たる確率は高まってきていますが、決して完璧なモデルができているわけではありません。そのため修正した数理モデルでシミュレーションを行ったり、モデルは同じでもインプットするデータを変えたりして、過去の気象・気候を精度よく再現できるかどうかを確かめて数理モデルの改良に貢献できる研究に取り組んでいます。
Q.高橋先生はどうして気象・気候学の道に進まれたのでしょうか?
学生時代から気象・気候学を目指していたわけではなく、高校生の頃は物理学、具体的には物質を構成する最小単位である素粒子を研究したいと考えていました。ですが、現在、総合地球環境学研究所で所長を務めている気象学者の安成哲三先生が、私が在学中に筑波大学にいらっしゃって、安成先生の授業をきっかけに気象・気候学に興味を持ちました。素粒子がシンプルな物理法則で説明できるのに対して、気象・気候現象は非常に複雑で、気温、湿度はもちろんのこと、植物が生えているかなど地球の様々な要素も関わっています。植物体内の水分が空気中に排出される蒸散という現象が起こるので、土地が森林なのか、裸地なのか、それとも開発が進んでコンクリートで固められているのかで、そこに生じる気象現象は変わってきます。今では気象・気候学で常識となっている植物の蒸散などの現象に、安成先生はいち早く注目されていて、授業でも紹介されていたので、複雑な現象を解き明かす気象・気候学の研究に取り組みたいと考えるようになりました。
Q.高橋先生にとって気象・気候学の研究はどのような面白さがあるのですか?
先程、お話しした通り、気象・気候現象は非常に複雑な要因が関わるため、そのシミュレーションの研究では、何に注目するかが重要になります。目の付け所が問われる研究といってもよく、自分が何に注目するかで数理モデルを改良したり、モデルは同じでもインプットするデータを変えたりすることで、実際の気象・気候現象をうまく再現できると、気象・気候の仕組みに迫れるので、とても面白く感じています。例えば、東京の降雪に関する研究であれば、雪を降らせるぐらいだから「東京は寒くないといけない」と考えられていたわけですが、北から吹き込む風に注目し、従来の考えに疑問を持ったことが、この研究の起点となりました。こうした点に注目できるのは、私の性格が素直じゃないからなのかもしれません(笑)。
Q.気象・気候学の研究を進める上で難しさはなんですか?
アジアモンスーン地域の降水や東京の降雪の研究では、モデルやインプットデータを変えることで、精度よく実際の気象・気候現象を再現できているので、この2つの研究だけを見ると、いつもうまくいっているように思えるかもしれませんが、モデルやインプットデータを変えても、シミュレーション結果が変化しないことは少なくありません。これは研究対象の現象に何が関わっているのかを見誤っているからです。研究対象の現象に何が影響しているかを見極めることが、この研究に求められているわけで、難しくもあり、面白いところだと思っています。
それに東京の降雪のような特定の地域で起こる気象・気候現象を調べる場合、シミュレーションする地域をどのように区切るかが結果に大きく影響します。というのも、降雪のような現象は雲のでき方が関係するので、雲のでき方に関わる地形、特に山の存在が影響します。ですから、山を含めて地域を区切るかどうかで、結果がまったく違ってくるので、いろんなパターンの区切り方を試した上で本番のシミュレーションを行うようにしています。そのために何度も繰り返す予備実験は大変ですが、これも研究活動ですから楽しく取り組んでいますよ。
Q.この記事を読んで気象・気候学に興味を持つ中高生もたくさんいると思います。そうした中高生に向けてアドバイスをお願いします。
気象・気候学に限った話ではないと思いますが、視野を広く持ってください。これまでご紹介してきたように、気象・気候現象には多様な要因が関わっているため、視野を広く持って、研究対象の現象に何が影響しているかを探ることが重要です。それに従来の考えが正しいわけでもないので、決めつけないことも大切だと思います。こうした視点を持っていて、気象・気候現象に興味がわいたら、気象・気候学に進むことをお勧めします。近年はコンピュータ科学が急速に発展して、地球全体をシミュレーションするような大規模な計算でなければ、一つの研究室が持てる規模のコンピュータでも十分にシミュレーションできるようになっていますから、今後、さらにシミュレーションに基づく気象・気候学の研究は発展していくと思います。是非、気象・気候学の扉を開いてみてください。
研究事例①: 東京の降雪に海面水温が与える影響
Q.インプットするデータを変更することによる研究とは、どういうものでしょうか?
2020年9月に東京の降雪に関わる研究成果を発表しました。雪に慣れていない東京では、わずか数cmでも雪が積もれば交通機関が麻痺してしまいますから、どの程度、雪が降るのかを正確に予測することが求められています。従来、東京の降雪は日本列島の南岸を通過する温帯低気圧(南岸低気圧)が関わっていて、その経路は黒潮の流れ方によっても変化すると考えられてきました。暖かい海水が流れる黒潮が沖合に大きく蛇行することにより、関東の南西の海上の海面水温が低くなり、関東上空の大気も冷やされて雪が降るとされていたのです。
しかし、日本列島の南岸を低気圧が通る時は、北から低気圧に向けて風が吹くため、黒潮域の海面水温が降雪量に影響を与えるという考え方に少し疑問を持っていました。そこで東京に大雪を降らせた2018年1月を例に、高解像度の気象モデルを用いて、日本周辺の海域の海面水温を変化させた複数のシミュレーションを行いました。その結果、関東の南西の海上の海面水温の影響は小さく、関東から東北地方にかけての東方の海面水温が、低気圧に引き込まれる大気を冷却することで、東京での降雪に強い影響を及ぼすことが分かりました。この研究成果で東京の降雪を完璧に再現できたわけではありませんが、今後、東京の降雪を予測する上で重要な知見が得られたと考えています。
東京での雪の予報に寄与する新たな要素を発見!(PDF)
研究事例②: アジアモンスーン域での降水への台風などの熱帯擾乱活動の影響
Q.新しいタイプの気候モデルを用いた研究とは、どういうものでしょうか?
新しいタイプの気候モデルを用いた研究という点では、2020年7月に発表したアジアモンスーン域における夏の降水量を予測する研究を挙げることができます。この地域は世界的に人口が集中しているので、将来、降水量がどのように変化していくかを予測することは重要です。
ただ、一般的に日本では天気は西の方から変わっていくと考えられていますが、インドから東南アジアにかけてはモンスーンの西風に逆らうように熱帯擾乱と呼ばれる台風などの熱帯低気圧が天気を決めることが少し前から分かっていました。その熱帯低気圧を精度良く表現するために、地球全体を高解像度に雲の発生まで予測するモデルを用いました。過去30年間の夏の降水量をシミュレーションしたところ、過去の降水量をうまく再現できたことから、アジアモンスーン域での夏の降水量には台風などの熱帯擾乱活動が関わっていることが分かりました。このようにインプットデータを変えたり、新しいタイプの気候モデルを用いたりすることで、研究対象とする気象・気候現象に何が強く影響しているのかに迫ることができます。
夏季アジアモンスーン降水の将来変化:台風・熱帯擾乱活動の重要性(PDF)
総合HP教員紹介ページ/
都市環境学部地理環境学科 助教 高橋 洋(たかはし ひろし)