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2021.04.28
先生、これってなぜですか? Vol.1

ら抜き言葉の氾濫で、言葉の意味が互いに通じなくなる?

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日常で見聞きし体験していることの中には、「これって、どうなっているのだろう?」「なんで?」と思っていることがありませんか。そんな疑問に、本学の教員がご自身の研究を通してお答えします。

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浅川 哲也 教授
人文社会学部人間社会学科 日本語教育学教室 浅川 哲也 教授

2002年國學院大學大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。東京都立高等学校教諭・國學院大學兼任講師等を経て、2006年、首都大学東京都市教養学部准教授に着任。2018年4月より現職。

疑問:ら抜き言葉は、どうして使ってはいけないんですか?

浅川先生
浅川先生
理由:使い続けるとあなたの話の意図を、相手が適切に理解できないかもしれないからです


Q.ら抜き言葉とは、どんな言葉遣いのことを指すのでしょうか

ら抜き言葉の代表的な例が「見れる・食べれる・来(こ)れる」です。ら抜き言葉は未然形の語尾がア段音にならない上一段活用動詞(「見る」など)・下一段活用動詞(「食べる」など)・カ行変格活用動詞(「来る」)などで発生します。未然形とは、打消の助動詞「ない」がつく活用形です。「見る」「食べる」「来る」に「ない」という助動詞をつけると、「見ない」「食べない」「来ない」となります。「見(み)」「食べ」「来(こ)」が未然形です。上一段活用動詞の未然形はイ段音(「見(み)」)、下一段活用動詞の未然形はエ段音(「食べ」)、カ行変格活用動詞の未然形はオ段音(「来(こ)」)になります。
「書く」「読む」「飛ぶ」に「ない」という助動詞をつけると、「書かない」「読まない」「飛ばない」となります。「書か」「読ま」「飛ば」が未然形です。「ない」の直前の音がア段音になる動詞が五段活用動詞です。
「れる」「られる」は動詞の未然形につく助動詞です。「れる」「られる」が未然形につくときにその直前がア段の音になる五段活用動詞の場合は、「書かれる」「読まれる」「飛ばれる」というように、「れる」がつきます。そして、それ以外の活用の動詞には、ア段音である「ら」を入れた「られる」がつきます。
つまり、ら抜き言葉というのは、「見られる」「来られる」「食べられる」のように「られる」をつけるべきところを、「見れる」「来れる」「食べれる」というように、「れる」をつけてしまう言葉遣いのことを言います。

五段 上一段 下一段 カ変
基本形 読む 見る 食べる 来る
未然形 ま・も
連用形 み・ん
終止形 みる べる くる
連体形 みる べる くる
仮定形 みれ べれ くれ
命令形 みろ、みよ べろ、べよ こい

Q.ら抜き言葉は、ただ「ら」がなくなっただけのように思いますが…

ら抜き言葉の問題は、日本語の歴史を知らないと理解できない問題です。「れる」「られる」などの助動詞を動詞につけるときは、その動詞を未然形にするのですが、これらの助動詞がつくときには、最後の音をア段音でそろえるのが日本語の本来の形です。ア段音以外の動詞の未然形の場合にはア段音の「ら」をわざわざ入れて未然形をア段の音にそろえるという、日本語の本来のルールが崩れてしまっている表現がら抜き言葉なのです。
助動詞の「れる」「られる」には自発、受身、可能、尊敬の意味があります。時代が進むにつれて、可能の意味を表す場合には、五段活用動詞に限って「書ける」「読める」「飛べる」というように、未然形がエ段音の下一段活用動詞にしてもいいというルールが登場しました。これを可能動詞といいます。ら抜き言葉は、五段活用動詞から派生する可能動詞に引きずられるようにして、ア段の音よりも、エ段の音の方が強くなってしまったためにつくられるようになったのです。でも、「見れる」「来れる」「食べれる」というら抜き言葉は、本来のルールから逸脱した表現なのです。
エ段音の方がア段音よりも強くなった理由は、よくわかっていませんが、未然形のア段音は口を大きく開かないといけないので、手間のかかる発音が面倒くさいからだという説もあります。

講義の風景

Q.言語は時代と共に変化するものだと思いますが、ら抜き言葉のような変化は、なぜよくないのでしょうか

言語変化にはいろいろな種類があります。まず、語彙の入れ替わりです。例えば、今の若い人たちは、「洗濯板」と言われてもぴんときません。日常的に洗濯機に接していて、「洗濯板」を見たことも使ったこともないからです。このように、生活スタイルが変われば、使用する単語も入れ替わります。
また、言葉の意味も変化することが多いです。現代語で「お前はおかしい」と言うと、相手を批判することになります。現代の日本では「おかしい」という言葉はマイナスの意味を表すからです。でも、1000年前の平安時代では「をかし」は「心惹かれる」「趣がある」「すばらしい」という意味も含まれていて、ほめ言葉としても使われていました。
語彙の入れ替わりや言葉の意味の変化は、当然のことだと思っています。しかし、ら抜き言葉のような形態変化は、文法に影響を与えてしまいます。文法の変化は、語彙の入れ替わりや、言葉の意味の変化とは、まったく意味合いが違います。文法は、言語の根幹です。例えば、英語の文を日本語の文に翻訳しようとするとき、英単語を日本語に置き換えても、そのままでは日本語の文にはなりません。英語の語順と日本語の語順が違うからです。この場合、英語の語順が英語の文法なのです。英語と異なり、日本語の文法を担っているのは、助詞と助動詞です。
ら抜き言葉は現代日本語の文法の変化です。急激に日本語の文法が変化してしまうと、日本人のたった一人の世代の間に、日本語は、いまの日本語とはまったく別の言語になってしまうかもしれません。ら抜き言葉を放置すると日本語が大きく変化し、日本人同士でも日本語でコミュニケーションが取れなくなってしまうおそれがあるのです。

Q.ら抜き言葉のような形態変化は他にも起きているのでしょうか

五段活用動詞から可能動詞の「書ける」「読める」「飛べる」が派生しました。しかし、30年ほど前に、これらの言葉に、さらに可能の意味の助動詞「れる」がついた「書けれる」「読めれる」「飛べれる」という「れ足す言葉」が登場しました。さらに、最近では「見れれる」「来れれる」「食べれれる」という「れれる言葉」や、「見れられる」のような「ら入れ言葉」も使われはじめています。
それだけでなく、「受身」と「尊敬」の意味を持つ、ら抜き言葉も登場しています。私はインターネットなどで、「彼氏に振られて悲しかった」と言うべきところを「彼氏に振れれて悲しかった」と書いてあったり、「〇〇さんが訴えられていました」という尊敬の意味合いで「訴えれていました」と表現したりする例を目にします。このような言葉遣いが、音声言語で頻繁に使われるようになると、話し手側が意図している意味を、受け手が適切に理解し得なくなってしまうと考えられないでしょうか。

Q.日本語が通じなくなるというのは、実際に起こるものなのでしょうか

言語学では、同じ言語を使っていても1000年経つとお互いに何を言っているのかわからなくなると考えられています。つまり、平安時代の日本人と、現代の日本人が会話をしようとしても、会話が通じないのです。1000年の時間の隔たりによって会話が成立しなくなることは、言語学上は半ば当たり前です。
しかし、現代は言語変化のスピードがとても速くなっています。第二次世界大戦前の100年間と、戦後の70年間の言語変化を比べると、戦後の70年間の方が変化のスピードが早くなっています。このスピードは情報技術の発達と共にどんどん上がっているように感じます。
現在も、若い人と年配の人の間では話が通じにくいのですが、それは言葉の違いというよりは、世代間での価値観や考え方の違いからくるものです。しかし、日本語そのものがものすごいスピードで変化することで、同じ時代の同じ日本社会に生きている若い人の使う日本語と年配の人の使う日本語が違うものになってしまい、言葉が違うゆえに、会話が成立しなくなるという可能性があります。
この傾向は既に現れています。いろいろな大学で教えていると、同じ年代の人でも、家庭環境などの違いによって言葉遣いが違うと感じることがあります。ら抜き言葉に代表される日本語の形態変化が進んでいく先に待っているものは、日本語の分断です。
日本人の共通語としての日本語を守っていくには、日本語に興味を持ち、本来の使い方や文法を理解することが大切なのです。ここで鍵を握っているのは、学校の国語の先生です。最近、国語の先生でも日本語の文法が好きだという人はほとんどいません。国語の先生達が日本語の文法を学び、そのおもしろさを感じることで、たくさんの生徒に日本語や日本語の文法のおもしろさを伝えていけるのではないでしょうか。そういう意味で、国語の先生に期待したいです。

浅川先生ご自身のことについて

Q.浅川先生が研究している日本語学はどのような研究分野なのでしょうか

私が研究しているのは、日本語を言語として科学的に分析していく日本語学という分野です。文学とはまったく異なるもので、言語学の1つの分野となります。特に私が興味をもっているのは話し言葉の歴史で、過去の日本人が日本語をどのように話してきたのかが研究テーマです。それを、資料を使って解明しようとしています。このような研究をしているので、万葉集や源氏物語をそれが書かれた当時の人たちとほぼ同じ発音を復元して読むことができます。
私は小さい頃から日本語について疑問に思うことがたくさんありました。でも、周りの人に聞いても、その疑問の答えが見つからなかったので、研究者になって自分自身で解明しようと思いました。だから、今でも研究しています。

言語学

Q.日本語学の魅力を教えてください
  また、若い学生にメッセージをお願いします

人文科学は、自分の興味や関心からスタートする学問です。日本語の言葉遣いなど、自分の興味のあること・気になることを出発点にして、それを解明できることに魅力を感じます。自分が興味をもったことや疑問に思ったことの謎を解明したいと思う人には、とてもおもしろいのではないかと思います。
都立大には優秀な学生が多いので、敬遠されがちな私の日本語の文法の講義にもついてきてくれて、理解もしてくれます。それはとても嬉しいですね。
日本語学を研究してみたいという人はもちろんですが、どの分野に進むにしても若いうちに本をたくさん読むことをお勧めします。私は、20代までの読書がその人の人生に決定的な影響を与えると考えています。自分の興味のある分野の本からでいいので、ぜひたくさんの本を読んで、将来を豊かなものにしてください。

若い人向けに推薦する本の紹介

『日本語をさかのぼる』大野晋(1974)/岩波書店
日本の古典文学研究と日本語学の研究を融合させた名著。日本の古典と日本語を勉強するうえでは必読の本です。

『問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい?』北原保雄ほか(2004)/大修館書店
日本語についての素朴な疑問についてQ&A形式で説明しています。日本語の問題は日本語の変化と関わりのあることがわかる本です。

『知らなかった!日本語の歴史』浅川哲也(2011)/東京書籍
日本語の歴史についてトピック形式で書いてあります。「ら抜き言葉」の進行・拡大によって、現代日本語に「れれる言葉」が出現するだろうということを予測した本です。

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